佐藤文香のネオ歳時記

第22回「獺(かはうそ)」「フットネイル」【夏】

「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・夏 分類・動物】
獺(かはうそ)
傍題 流しかはうそ かはうその握手

 散歩しながら句材を探したり、出先で見つけたものを詠んだりするのは「吟行」と言われ、わりとスタンダードな俳句のつくり方である。このネオ歳時記、別に取材費が出るわけではないのだが、見に行けるものは見に行こうと、以前もネモフィラカピバラを見に行っている。今回のお目当ては「流しカワウソ」。その名のとおり、流しそうめんさながら、カワウソが流れてくるという噂である。〈鯵もらひに立つ獺の毛の流れ〉という句を書き、その句のなかの「鯵」という語をタイトルにして角川俳句賞に応募し最終選考に残ったことがある私としては、ぜひともしっかりカワウソを見て、できれば季語にしたい。なぜなら、上記の句は一応「鯵」が夏の季語だが、主人公はカワウソで、この句の夏らしさはカワウソにあると、密かに思っていたからだ。なお、俳句でカワウソといえば「獺祭忌」、これは正岡子規の忌日で秋の季語。なぜ獺祭なのかは各自おググりください。
 千葉県在住の友人のMさんと待ち合わせ、市川市動植物園に着いた。まず管理事務所で「今日は流しカワウソやってますか?」と聞くと、「そういうイベントをやっているわけじゃないので、彼らのテンション次第なんですよ。でも、お昼ご飯の前はテンションが高いことが多いので、流れてくれるかもしれません」とのこと。テンション次第とは? 現在12時半、カワウソ舎へGOだ。
 展示されていたカワウソは3匹。1匹ずつ仕切られていて、手前のブースにはお立ち台、真ん中には握手ができる穴、そして一番奥の広いところに流しカワウソコーナーがあった。縦半分に割ったプラスチックの管をウォータースライダーのように走らせてあり、そこに屋根から水が絶えず流れ落ちるようになっていて、カワウソ自身がそこを泳ぐことにより、流しカワウソが完成する仕組み。なるほど、テンション次第である。他動詞で「流しカワウソ」というより、自動詞の「流れカワウソ」の方がしっくりくる。
 流れ担当のカワウソナオちゃんは、しばらくは水中のブロックをくぐりぐるぐると泳ぎ回っていて、いっこうに流れる気配がなかった。が、昼ご飯の時間が近くにつれて、そわそわし出した。走る、泳ぐ。泳ぐ、走る。ついに、シューン! ザバーン! 流れた。カワウソのなめらかな体つきが水の束を押した瞬間。あいにくの曇天だったが、たしかな涼を感じた。
 飼育委員さんがワカサギ似の魚を配りはじめると、カワウソたちの興奮はピークに。ナオちゃんは管の上に立って、猫のような声で鳴いている。真ん中のマロンには握手をしてもらうことに成功。〈かはうそは手を握るなり夏の暮(上田信治)〉という句があるが、握ったのは私。ぷにぷにだった。夏の嬉しさが心に広がった。
 市川市動植物園では、カワウソは年中見られるそうだが、水を見るのが気持ちいい今こそカワウソの旬。ぜひ見に行って、カワウソの一句を詠んでみてほしい。

〈例句〉
獺の蹴伸びを褒めて市川市  佐藤文香
週休四日かはうその尾は先まで肉
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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