絶叫委員会

【第148回】死語の世界

PR誌「ちくま」2月号より穂村弘さんの連載を掲載します。

 テレビを点けたら、『奥さまは魔女』をやっていた。懐かしいなあ。子どもの頃、好きだった。六〇年代から七〇年代にかけて放映されたアメリカ製のシチュエーション・コメディ。これを見て、外国の暮らしに憧れたものだ。画面の中では、お化けの仮装をした子どもたちがはしゃいでいる。どうやらハロウィンの回らしい。クリスマスとちがってこの風習は当時まだ輸入されていなかったから、日本の視聴者の目にさぞ新鮮に映ったことだろう。​
 そんなことを考えながら眺めていたら、「だって今日は万聖節なのよ」という台詞があって、あっ、と思う。そうか、この頃はまだハロウィンって言葉は知られてなかったんだ。だから、吹替えがすべて「万聖節」になっている。この発音しにくい単語を声優さんたちはがんばって連発している。なにしろ、五十年前だもんなあ。​
「万聖節」をきっかけに、『奥さまは魔女』を見ていた頃、自分の家で使われていた言葉のあれこれを思い出す。母はキムチのことを「朝鮮漬」と呼んでいた。ソファは「長椅子」。バスタオルは「湯上りタオル」。祖母の言葉はさらに古くて、ケーキが「洋生」だった。「洋生菓子」の略だろう。傘は「コウモリ」。ハンガーは「衣紋掛け」だ。凄いなあ。​
 だが、今の私は当時の母より二十歳以上も年上、つまり祖母に近い年齢になっている。ということは、現在の基準に照らした時、「洋生」「コウモリ」「衣紋掛け」的な言葉を使っている可能性が高いわけだ。でも、その自覚はない。自分自身のことには気づけないのだ。だから、若者から指摘されるとびっくりしてしまう。​
「ほむらさんは、エッセイとかでキウイのことをキーウィって書きますよね。あれが面白いです」​
 えっ、と思う。そうなの? でも……。​
「いや、最初にあの果物が日本に入ってきた頃、果物屋さんとかにキーウィって書いてあったんだよ」​
「へえ。そうなんですか。でも、今は普通キウイですよね」​
「うーん。そうなのか」​
 いつの間に変わっちゃったんだろう。でも、私の中では最初からずっと「キーウィ」だったから変える気がしないのだ。なんだか、お祖母ちゃんの気持ちがわかってきた。​
 他にもある。例えば、ウルトラマンジャック。彼はもともとそんな名前じゃなかった。「帰ってきたウルトラマン」もしくは「新マン」だったはず。なのに、気がついたらウルトラマンジャックになっていた。それを知った時は驚いた。後からこっそり設定を変えられてしまったらしい。おそらくは初代ウルトラマンと区別するために。でもなあ。こちらは固有名詞だけにキウイよりも違和感が強い。今、彼を「新マン」と呼んだら笑われてしまうのか。「帰ってきたウルトラマン」をリアルタイムで応援していた私の方が「変な呼び方をする人」ってことになるのは納得がいかない。​
 祖父や祖母はカレーライスを「ライスカレー」と呼んでいた。子ども心に、どうして反対? と不思議だったけど、今考えると、あれも「キーウィ」と同じだったんだろう。もともとは「ライスカレー」だったのに、国民投票をすることもなく勝手にライスとカレーを引っ繰り返されてしまったのだ。がんばれ、「キーウィ」。負けるな、「新マン」。死語の世界から甦ることもあるぞ。​
 

 

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