サザエさんの父親である磯野波平の年齢が五十四歳と知った時は驚いた。私より年下じゃないか。しかも双子の兄がいるらしい。
公式ホームページによると、
磯野海平。
波平の双子のお兄さん。九州に住んでいます。双子なので波平にそっくりですが、頭のてっぺんに毛が二本生えているところが見分けるポイントです。
とのこと。
落ち着かない気持ちになる。理由は名前だ。海平……。どうしてそうなるのか。双子なのに海平と波平ではバランスがおかしいではないか。波は海に含まれてしまう。兄を海平にしたら弟は陸平とかにして欲しい。たぶん、実際には主要キャラクターである弟の名前を先に決めたんじゃないか。その時、波平にしてしまったことが問題なのだ。波に釣り合うものは何か。見つけるのが難しい。蟹平と蝦平とでもしておけばよかったのに。
こういうケースには現実でも出会うことがある。例えば、女性の双子で花さんと桜さんとか。うーん、と思う。桜は花に含まれる。双子なのにレイアーが微妙にずれているのだ。花と雪とか、桃と桜とか、それなら落ち着くのに。それとも、世間の人々はそんなことは別に気にならないのだろうか。
ちょっと違うけど似たパターンとしては、駅前で募金を募っている人々が「お家をなくしたかわいそうなワンちゃん猫ちゃんのために……」と叫んでいると気になる。ポイントはワンちゃん猫ちゃんだ。ここはできれば、ワンちゃんニャンちゃんか、犬ちゃん猫ちゃんにして欲しい。というのは、まあ冗談だけど、微妙に気になっているのは本当だ。ワンちゃんや猫ちゃんに比べて、ニャンちゃんや犬ちゃんという云い方が日本語的に馴染みがないから困るのだ。揃えたくても揃わない。
そういえば以前、三姉妹の末っ子で泉さんという知り合いがいた。お姉さんたちはそれぞれ皐月さんと弥生さんだという。
「上のお二人はそれぞれ五月生まれと三月生まれなんですか」
「はい」
「三姉妹なのに、どうして泉さんだけ違うんでしょう」
「両親は私にも生まれ月にちなんだ名前をつけるつもりだったみたいです。でも、微妙な月に生まれてしまって」
「何月生まれなんですか」
「四月です」
「卯月……」
格好いいけど、確かにちょっとつけにくい感じはある。皐月、弥生と上手くいったから、次は葉月あたりを狙いたいところだったか。睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走、人名ロシアンルーレットだ。
「で、母の好きな絵の題名から「泉」となりました」
「あ、素敵なネーミングですね」
その時、心からそう思った。揃ってないけど。
PR誌「ちくま」4月号より穂村弘さんの連載を掲載します。