語呂合わせには不思議な力がある。伊東という地名を耳にするだけで反射的に「ハトヤ」と思ってしまうのは、子どもの頃に見たコマーシャルのせいだ。
伊東にゆくならハトヤ
でんわはヨイフロ
伊東でいちばんハトヤ
でんわはヨイフロ
4126 4126
はっきりきめた
ハトヤにきめた
伊東にゆくならハトヤ
ハトヤにきめた
当然のように「ハトヤ」の名前が繰り返されるのだが、それだけならきっと忘れてしまっただろう。「はっきりきめた」「ハトヤにきめた」という頭韻も心地好いけれど、最大のポイントは「でんわはヨイフロ」というフレーズだと思う。「4126」の語呂合わせである。子ども心にも強烈だった。改めて考えてみると、ハトヤだから「8108」みたいになる可能性もあったのかもしれない。でも、それよりもやはり「4126」の方がいい。ハトヤだから「8108」の当然よりも、ハトヤの風呂は「4126」というアピールに惹かれる。「伊東でいちばん」の具体的理由を語らず、語呂合わせの一点で勝負してくる大胆さ。今、インターネットで検索してみたところ、このコマーシャルの作詞は若き日の野坂昭如らしい。
そうすると、例えば八百屋の電話番号は「8083」(ヤオヤサン)よりも「0831」(オヤサイ)とか「8931」(ハクサイ)とかの方がいい気がしてくる。「ハトヤ」の「4126」と同じく、そのまんまじゃないほうが可愛いの理論である。と云いつつ、そのものズバリが恰好いいケースもある。あれはいつだったか、友人の名久井さんの車を初めて見た時、おおっと思った。ナンバーが「791」だったのだ。いいなあ。でも、これは選ばれた人にしか許されない贅沢だ。真似したくても、穂村では数字に置き換えることができない。一方、名久井さんは直子さんだから「791705」でフルネームもいけるのだ。
最近の教科書では、鎌倉幕府開闢(かい びやく)が1192年ではないらしい。或る若者がその事実を伝えた時、同席していた我々中高年の間に動揺が広がった。
A「嘘。じゃあ、あれはどうなっちゃうの」
B「そうそう」
若「なんですか」
C「『いい国作ろう鎌倉幕府』よ」
若「ああ、その語呂合わせは今は成立しませんね」
C「今のだと、どうなるの」
若「多くの教科書では1185年なので、いい箱……」
A「『いい箱作ろう鎌倉幕府』⁉」
B「駄目だよ、そんなの!」
C「箱って何よ!」
若「何って云われても……」
歴史的な正しさよりも、美しい語呂合わせが崩れてしまうことがけしからん、と云わんばかりの空気であった。
(