妄想古典教室

第七回 死ぬのが怖い

女の守護としての文殊菩薩

 ところが、西大寺像の文殊像は胎内に信如作と同様の形式の、ただし左右の手が逆で、少しばかりかわいげのない顔つきの五髻文殊像を持っていたのである[fig.8]

[fig.8]奈良・西大寺 文殊菩薩像(胎内仏)
金子啓明『文殊菩薩像』(『日本の美術』No.314)至文堂、1992年

 

 では、叡尊たちと女の信仰とがどのように関わるのだろうか。五髻文殊をとおして、なにが通じ合っているのだろうか。藤澤隆子「文殊菩薩像造立の一系譜」(上、下『東海女子大学紀要』1999、2000年)によれば、叡尊、忍性ともに文殊菩薩像をつくった理由に亡き母のための追慕、供養の意味があったのではないかという。母親の供養のために文殊菩薩が必要とされるのはなぜか。

 そもそも、女人往生をかたる仏典『法華経』において、八歳の龍女が成仏するよう、海中で法華経を説いたのは文殊であった。女性の成仏を信じ、それを促したのは文殊だったのである。その文殊に対する信心を信如はあの五髻文殊に託したのではないか。女の成仏を守護するものとして、女のための特別な文殊立像はつくられた。女たちはこの五髻文殊こそが我らの信ずべき文殊像だと頼りにしていたのであろう。だから「当麻曼荼羅縁起絵巻」は女が往生するとき、あの中宮寺の五髻文殊が迎えにくるという図をそこに描き込んだのだ。中宮寺の五髻文殊像は女のためだけにつくられたものなのだから、きっと女を迎えにきてくれる。そんなふうに女たちは女人往生を思い描いたにちがいないと妄想されるのである。