絶叫委員会

【第131回】四字熟語

PR誌「ちくま」9月号より穂村弘さんの連載を掲載します。


 インターネットのニュースを見ていて驚いたり感心したりすることがある。昨年の12月に発見して保存しておいた記事はこれだ。

 新年を迎える準備に取り掛かる13日の「事始め」。京都・祇園の花街では着物に袖を通した芸舞妓らが師匠宅でさらなる精進を誓う一方、兵庫県内では黒いスーツ姿の暴力団幹部らが組事務所に集い、結束を誓った。この日会合を開いたのは、六代目山口組、神戸山口組、任侠山口組の3組織。平成27年8月の指定暴力団山口組の分裂以降、そろって会合を開くのは今回初めて。分裂前の習わしに従い、それぞれが新年の指針を示す四字熟語を発表した。

「京都・祇園の花街では着物に袖を通した芸舞妓らが師匠宅でさらなる精進を誓う一方、兵庫県内では黒いスーツ姿の暴力団幹部らが組事務所に集い、結束を誓った」というシュールな一文にまず心を奪われる。だが、最大のポイントは「分裂前の習わしに従い、それぞれ新年の指針を示す四字熟語を発表した」というところだ。そんな習わしがあったなんてまったく知らなかった。正月に行われる宮中歌会始のダークサイド版みたいなものだろうか。あちらは大和言葉、こちらは漢字の四字熟語という違いはあるけれど。

 関係者によると、六代目山口組は昨年と同じ「和親合一」、神戸山口組は「一燈照隅」、任侠山口組は「実践躬行」。

 うーん、と思う。どの四字熟語に魂が宿るか、という言霊次元のバトル。なんというか、近未来SF的だ。

「一燈照隅」は天台宗を開いた平安時代の僧・最澄の教えとされる。対立状態にある六代目山口組や新組織の任侠山口組の存在を意識したのか、直系幹部への配布物には熟語が大書され「一人一人が一隅を照らす事になれば人の和が成り立つ」と添えられていた。

 暴力団にも「人の和」が大切なんだなあ。暴力団だからこそ、なのかもしれない。

 水面下では組織や組員の引き抜きが日常的に行われていることから、三つどもえの抗争は来年も続く公算が大きい。兵庫県警幹部は「県民の安全を第一に、引き続き厳重な警戒を続ける」と気を引き締める。

「和親合一」「一燈照隅」「実践躬行」の迫力に対して、県警側が「県民の安全を第一に、引き続き厳重な警戒を続ける」では、どうも言霊的に弱い気がする。ここはやはり、負けずに四字熟語を発表すべきじゃないか。となると、やはり「一網打尽」とか「鋤蹶斬断」とかだろうか。こわいなあ。暴力団がどこに出しても恥ずかしくない立派な言葉を掲げ、県警が暴力的になるという、言語レベルでの逆転現象だ。

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