絶叫委員会

【第104回】え? となる言葉

 そこだけラインマーカーが引かれているかのように、鮮やかに目に飛び込んでくる言葉がある。先日、元プロ野球選手の山本昌氏について、インターネットで調べていたら、ウィキペディアの「選手としての特徴」の欄に、こんな記述があった。

 指を舐めてから投げる癖がしばしば見られるが、スピットボールと見なされないようにユニフォームで拭いてから投げている。他に舌を出しながら投げるという癖もあり、これは高校時代に荒木大輔の投球時の表情を真似していたらいつの間にかついた癖だと話している(荒木自身は舌を出していない)。

 最後の「荒木自身は舌を出していない」に、え? と思う。それから、しばらく考えて、なんとなく納得。つまり、こうじゃないか。「荒木大輔の投球時の表情」の真似をしたら、思わず舌が出ちゃったけど、本物は出ていなかった。すなわち真似が下手、とも云えなくて、物真似のプロなんかでも本人の特徴をわざと誇張することがある。その結果、本物とは違っちゃうんだけど、それはむしろ本物以上に本物というか。高校時代の山本昌がそこまで考えたかどうかわからないけど、似せようとした努力の結果であることは確かで、それが投げようとすると舌が出るという形で焼きついてしまった、と。このエピソードは事実としか思えない。「舌を出しながら投げるという癖」に関して、そんな理由は想像ではまず思いつかないから。
 また別の或る日。『開店休業』(吉本隆明)という本を読んでいたら、次のように書かれていた。

 どんどん焼きは自分で焼いたが、焼きそばは店のおばさんが焼いてくれた。いまでも存命なら百四十歳くらいと思う。

 え? いや、意味はわかるけど、百四十歳って……、面白いなあ。他に、こんな一文もあった。

〈おれにはわからない何かが魚にはある〉

「幼年のころから魚嫌いで、あまり食べなかった」ことに関するコメント。にしては、何かが深すぎるところがいい。私はあんかけのあんが苦手なんだけど、〈おれにはわからない何かがあんかけのあんにはある〉とは思わなかった。さすがは吉本隆明。一人だけ別の次元を生きているような魂の本気度に惹かれる。
 と書いてきて思い出す。学生の頃、外国の高名な思想家の本を読んでいたら、「私は太陽系の範囲内では不死、ただしジャガイモを食べると死ぬ」みたいな一文が出てきて、え? と思ったことがあった。慌てて略歴を見ると、なんとだいぶ前に死んでいる。うっかり「ジャガイモ」を食べたのか。敵が多かったみたいだから、こっそり食べさせられたのかもしれない。

(ほむら・ひろし 歌人)

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