絶叫委員会

【第105回】見出詩

PR誌「ちくま」7月号より穂村弘さんの連載を掲載します。
 原稿を書こうとして机に向かっていても、ちっとも進まないことがある。焦る。もがく。絶望的な気持ちになる。何かに逃避したくなる。いや、駄目だ、どうしても今日中に仕上げないと。そう思いながら、気がつくと、漫画やインターネットを見ている。意志が弱い。
 でも、そこでネタが見つかることもある。天の助けか、と飛び上がるほど嬉しい。
 こないだは、ネットニュースの見出しが、偶然五七五の俳句になっていることに気づいた。この現象は時々あって、以前から収集しているのだ。こういう詠み人知らずの作品たちのことを、私は見出詩と読んでいる。
 その時、見つけたのはこれだ。

 カンガルーに豊胸バッグ壊される

「カンガルーに/ほうきょうバッグ/こわされる」、季語はないけど衝撃力のある俳句だ。でも、いったいどういうニュースなのか。これだけでは詳しい状況がわからない。クリックしてみた。

 オーストラリアでサイクリングを楽しんでいた女性の豊胸バッグが破裂した。突然現れたカンガルーに胸を踏み台代わりに蹴られたという。シリコンは肋骨の上で凝固し、女性は「すごく痛い」と語っている。

 うーん、と思う。「突然現れたカンガルーに」ってところが凄い。流石はオーストラリアだ。でも、「豊胸バッグ」って、どういうものかよく知らないけど、もしそれが入ってなかったら、もっと危ないことになってたんじゃないか。肋骨粉砕みたいな。
 他にも、こんなのを見つけた。

 ヒトラーの兄実は弟だった

「ヒトラーの/あにじつはおと/うとだった」、句またがりという高度な技を用いている。ニュースの内容もなんとなくわかる。それまでずっと「ヒトラー」の「兄」だと思われていた人物が、実は「弟」だったってことなんだろう。でも、見出しというものの性質上、ニュースの内容をぎゅっと圧縮せざるを得ない。その結果、思わぬ詩的効果が生まれてしまったのだ。
 ポエジーに拘らなければ、ごろごろ見つかる。例えば、今スマホでざっと見ても、「アメリカの快適すぎる深夜バス」とか「世界的スターの余暇の過ごし方」とか。でも、これらは、確かに音数はきっちり五七五なんだけど、言葉の組み合わせに意外性がないところが残念だ。
 他にも「長時間労働を生む報連相」というのがあった。惜しい

 長時間労働を生むホウレンソウ

 これだったら、何故「ホウレンソウ」が「長時間労働」を、という謎が生じて見出詩になったのになあ。しかも春の季語だ。

(ほむら・ひろし 歌人)

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