重箱の隅から

「コロナ後の世界」には女はいない、あるいは、分別と多感③

 原爆記念日に、NHKが特集番組を放送しなかった昭和53年はどういう年であったのかを思い出そうとして、つい「村上春樹さん首相を批判」と無邪気に感心する無気味な新聞記事を引用して枚数が尽きてしまったのだった。

 ’78年と表記するより昭和53年と書いたほうが、もちろんふさわしいのだが、その3年前、在位50年を記念した記者会見で、象徴、、ではない国家の権力者の天皇の「戦争責任」という概念を、文学的、、、なものとしてまともに答えず、原爆投下をやむを得ぬことと発言し、3年後の昭和53年10月、靖国神社は、東條英機、広田弘毅らA級戦犯14人を合祀するのだが、当然天皇の記者会見での発言の影響があるだろう。半藤一利の『マッカーサーと日本占領』(PHP研究所、平成28年)を引用して江橋崇は『日本国憲法のお誕生――その受容の社会史』(有斐閣、令和2年)に、合計11回以上の会見を通して、昭和天皇がマッカーサーに対して極めて政治的にふるまったことを記している。昭和22年秋、米軍が日本防衛のために(もちろん、共産主義国家から防衛するのである)全国に基地を展開する計画について、「芦田均内閣総理大臣が日本本土のどこでもよいと同意したことを知った昭和天皇は、沖縄を25年ないし50年の長期間アメリカに貸与してそこにアメリカ軍の強大な中心基地を集約すれば、日本国内に、、、、、基地網がなくても、、、、、、、、日本の安全も、、、、、、極東の軍事バランスも、、、、、、、、、、確保できるという、、、、、、、、思い切った軍略を、、、、、、、、親書でGHQに示し、、、、、、、、、日米両国はその線で、、、、、、、、、その後の安全保障体制を、、、、、、、、、、、築いた、、、」ことを引用している。沖縄は日本ではないような発想に驚かされる。
 ところで、話題は変わるのだが在位50年の3年後、A級戦犯の靖国合祀の年、昭和53年には筑摩書房が業界としては戦後最大の53億円の負債総額で倒産している。個人的には、小説を連載していた「文芸展望」が廃刊になったので、「季刊リュミエール」が創刊されるまでなんとなく筑摩との関係が薄れたという感じがある。前年には確か繊維とか造船業などが構造不況業種と言われていたのじゃなかったかな、という曖昧な記憶があるが、すでにその当時から出版不況(出版だけではなく、旧メディア、、、、、の新聞、テレビも含めて)というものも構造不況と言うべきだろう。身近な例をあげれば、私の住んでいる地域の資源ゴミ回収日に、新聞紙を出すのは16所帯中の2世帯にすぎない。雑誌においておや、古い専門誌(医学方面)を時々まとめて出す年寄りがいるものの、小学生のいる家から、マンガ本やマンガ雑誌が回収に出されることもなく(大切にコレクションしているわけでもないだろう)、20年前はまだ親の留守をいいことに、小学生や中学生の子供がテレビやカセットの音を大音量にしていたものだが、当然そういったことも絶えてない。
 かつて出版界(と言うか旧メディア界)には、新潮社と朝日新聞社が倒産る時は日本が倒産する時だというコトワザがあったらしい。その新潮社の社史『新潮社100年』(’05年)を見ると、昭和50年4月に刊行した有吉佐和子の『複合汚染』の上巻が12月までに56万8000部に達するし、檀一雄の『火宅の人』は61年までに46万2500部のベストセラーズになっているものの、「出版界では8月の返品率が40パーセントを超え、不況が深刻になる」とはいえ、筑摩書房が倒産した53年8月には『新潮現代文学』全80巻(川端康成から古井由吉の80人、代表的長編を2作品収録)が上梓され、作家たちの比較的新しい作品を収めているせいもあって、まさしくゾンビ状態(文学はまだ死ねずに、、、、、、いたのである)の80冊は「装丁は奥村土牛、東山魁夷、福井良之助、高山辰雄、池田満寿夫ら現代の代表的画家八十氏に装画を依頼」して、やがて訪れる80年代の絵画の狂騒的投資のバブル時代を、やや先取りしていたのかもしれない。
 筑摩が倒産したのは出版業界の構造不況の一環だったのは当然だが、その2年前の昭和51年(講談社の『限りなく透明に近いブルー』が年末までに137万部発行される、と新潮社史には記されているが、53年8月の筑摩倒産の記載はなし)には、前年の出版不況感はどこへやら、「この年、出版物の総売上げ額が初めて1兆円を超える。昭和46年に5000億円を売上げて驚異の成長といわれたが、5年で倍増の1兆円産業になった出版業界は、書籍や雑誌を物質商品と等質視する傾向を強め」「出版文化は娯楽、趣味、実用書の方向に歩み出し」書店業界は大型化、「読捨て出版物の量産化現象があらわれ始める」と創立70年以後の記述者である作家の高井有一は書いている。
 こういった傾向は始まったのではなく強められた、、、、、のであり、出版が商業である以上、物質的商品だけではなく、いわば精神的商品の思想と時代を反映・迎合させてきたのがもちろん大半の出版を含めてのジャーナリズムだろう。
 たとえば、2021年度から朝日新聞の文芸時評と論壇時評の論者が女性になった。文芸時評は私の覚えているかぎりでは4人の女性作家と批評家が執筆していたが、論壇時評は女性が受け持つのがどうやら初めてのこと(反省をともなって、快挙、と語られがちの配慮と言えよう)であるらしい。文芸、、論壇、、という言葉の違い(文壇というものもあったことはあったのだ)も奇妙と言えば奇妙だが、それはそれとして、たとえば、論壇時評の執筆者林香里は「コロナ禍と五輪」(朝日新聞’21年5月27日)に「私たち市民にとって、もはやなぜ開催するのかさえわからなくなっている失敗五輪を、せめて傷として記憶し、後世に語り継ぐことができるだろうか」と書き、メディア(広告会社と新聞社)のオリンピックに対する立場を批判する三つの論考を紹介し、「さらに、NHKも、、、、政府の拡声器と、、、、、、、なり下がっている、、、、、、、、疑いが濃い、、、、、」として長井暁の論考「NHKと政治と世論誘導」を紹介するのだが、しかし、「なり下がっている疑いが濃い」などと言われたって、時評の論者が幼児だった頃から、たとえば「暮しの手帖」の読者が選ぶテレビのワースト番組のベスト・ワンは、NHKの7時のニュースで、その理由は政治的偏向番組だから、ということは高齢の市民、、(「暮しの手帖」を愛読するタイプ)にはよく知られていたことであった。NHKは’64年のオリンピック以後、さらに政局よりの傾向を強めたのだった。
 ほぼ同じ時代の同誌の読者のベスト・テンではっきり覚えているのは、おかずのよく食べる料理のベスト・ワンが「ホーレン草のお浸し」だったことで、小学校の高学年だった私は、同じ時期に見た小津安二郎『お早よう』にホーレン草が、こう高いのじゃあ、おちおちおしたし、、、、も食べられないわよ、という主婦の台詞があったので、一種感銘を受けたのだった。ところで、9月16日の朝日新聞のテレビ、ラジオ番組への読者の御意見、、、が掲載されている「はがき通信」によれば、FMのクラシック音楽番組を聴いていたら臨時ニュースが割り込んできたという投書があった。音楽をとめてまで、何事かと緊張したところ、「自民党総裁選に高市早苗氏が立候補する意向を固めたというニュースだった」というのである。NHKがどういうメディアであるか、説明を要すまい。
 そうした体質の体制から定年退職して民放の番組のメインキャスターになることは、普通には天下りとは呼びならわされてはいないようだが、テレビ朝日の「報道ステーション」の新キャスターとなったNHK政治部記者は、報道各社のオンライン取材に応じて、次のように語る。
〈影響力の大きい番組だけに権力側から「圧力」を受ける懸念もある。「今の日本で露骨に圧力をかけてくる場面が果たしてあるか」と言う一方で、「勝手に、圧力をかけられていると感じる心理、(権力者への)忖度がないとはいえない。そこで問われるのは鈍感力。『そんなのかけられていないよ』と思えばいい。鈍感力で勝負だ」と語る。〉(東京新聞’21年9月25日)
 テレビの熱い視聴者ではないのだが、この記者がキャスターだった番組で覚えているのは(唯一、と言っていいかもしれない)、もうかなり以前のことだが、ブータンの国王と王妃(新婚で個性的美人)の来日を報じながら、キャスターの助手格として画面上で同席している女性アナウンサーを見て、王妃があなたに似ている、という意味の言葉をかけたことだ。
 これをセクハラとここで言うつもりはないが、女性にとり入ろうとしているか、あるいはじゃれついている、ということが、鈍感力を持つ本人以外には明白だろう。セクハラと言ったっていい。元NHK記者が新しい職場で発揮するはずの鈍感力とは、おそらくそういうものだ。
 この鈍感力という言い方は、赤瀬川原平著書『老人力』の真似というか応用で(算数の応用問題を解けるかどうかを、国語の読解力があるとかないとか言ったものだ)、通俗的性愛小説の書き手だった作家の渡辺淳一が、そういうタイトルのエッセイ集を出したのを覚えている。読んでいないので内容は知らないが、微妙なところでNHKの元記者の使う意味とズレがあるにしても本質的にはようするに、通常の意味で鈍感なのであり、図々しいという意味なのだから、同じなのかもしれない。
 さて、ところで鈍感という言葉に反する概念はどういったものだろうか。おそらく、繊細かもしれないし、そう考える者は多いのに違いないのだが、その差は曖昧に入り組んでいるようにも見える。
〈次回は2月号に掲載します〉

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