重箱の隅から

墓場とユリカゴ③

 観測史上初という6月の猛暑のせい(あるいは単に加齢によるのかもしれないが)で気力も衰えて、「墓場とユリカゴ」というタイトルの、「墓場」が新しく作られた有名建築家による野心的試みに満ちて未来を見すえた理念を持つ図書館であることは、連載の前の回を読みかえすまでもなくわかるのだけれど、「ユリカゴ」とは何か?
「ユリカゴから墓場まで」であれば、戦後、イギリス労働党が実現させた社会政策なのだが、それがいわば無効化されることになる象徴的な事件が、1979年に英国初の女性首相となったマーガレット・サッチャーが教育科学相だった時代、小学校と中学の生徒達に無料で配られていた牛乳を強引に廃止して、75の小学校を新設できる金額にあたる900万ポンドを節約できたと図々しく豪語する政策であったことを思い出すのだが(『インタヴューズⅢ』C・シルヴェスター編、文春学藝ライブラリー)、この連載のタイトルのユリカゴは、新刊書を無数に生み出しつづけていたある時代までの出版という事業の形態についての比喩のつもりだったのだと、やっと思い出した。ところで、サッチャーが子供たちから奪いかえしたミルク代の900万ポンドで小学校を新設したという話は聞いたことがない。
 前々回、石原慎太郎の『太陽の季節』の装丁の、内容とかけ離れた驚くべき質素さについて書いたのだったが、戦後、ベストセラーを育む揺籃としての出版社としては、実は万事心得た選択だったのだ。社史『新潮社一〇〇年』の差し込みページを2ページ戻ってみる手間を惜しまなかったなら、昭和22年12月刊行の太宰治『斜陽』の写真が載っているのを発見したはずで、「陽」の文字を共通に持つ漢字2文字のタイトルの2冊のベストセラーは同一人物による装丁であることが一目瞭然だ。「斜」の方は、「太」の海草風と違ってアロエともタンポポかとも思える俳画風イラスト入りで、解説によれば、昭和23年の出版界は太宰ブームの年であり「その火ぶた」は「新潮社から出版された彼の『斜陽』によって切られ(中略)「斜陽族」という流行語まで生み出すに至った。」(河盛好蔵)とある。2つのベストセラーには「陽」という文字の共通点だけではなく「族」という、多数であることを意味する用語も共通しているのだった。と、ここで思い出したのがかつて、書籍の奥付に貼付されていた「検印」である。本の発行部数を著者が確認するため(ごまかされないように?)、奥付に著者(もしくは著作権所有者)が押した小さな、およそ2センチ四方ほどの紙片で、それぞれ工夫され、凝った印がきれいな色の顔料の印肉で押されていたりして、文人という言葉が思い出されたものだ。著者検印というシステムは「わが国独特の慣例で、廃止する傾向にある」と集英社版『国語辞典』(初版、1993年)にはあるが、傾向も何も、私の家に残っている本(売らずに)で目立つのは3センチ角の地のエンジに囲まれて白く「潤」が浮かびあがる谷崎全集くらいなもので、93年にはとっくに廃止されていた。凝った検印には蔵書票(エクス・リブリス)のような趣味性があって、ふと、いろいろな著者の本から、1枚ずつ、そっとはぎ取っておけばよかったという気がしなくもない。
 それはそれとして、もうかなり以前のことだが、津島佑子がエッセイの中で、子供の時分亡き父親の本の検印を押すという単調な手伝いをしていると、内職の手伝いをしているような気分になったと書いていたのを読んで、小さな紙片の山を前に黙々と印を押す愛らしいけなげな少女のイメージが結ばれたのだったが、それには、私たちの世代の者たちの周囲ではありふれていた「内職」というものの持つイメージが、与かっているからだ。輸出用の安い絹のスカーフやハンカチの縁かがりや、編物といった多少の技術の必要なものから、封筒貼りまで様々な内職があり、それを手伝う子供は珍しい存在ではなかったし、馬鹿ばかしいほど安い賃金が支払われていた。しかし、検印押しが幼い子供にとって長い単調で退屈な、内職的繰り返しであったにせよ、一押しで定価の10パーセントが支払われることが保証された大変な賃金の内職だったわけである。
 さて、図書館で資料を探し出すことが必要な類いの仕事をしているわけではないし、近所の区立図書館を貸本屋のように利用することもないのだが、ここ何年か、建築物としての「図書館」に注目が集っていることはメディアを通じての実感で、そこでは、有名建築家のコンセプトよりも、「館長」の思想が話題になることがある。館長と言えば、国立国会図書館創設の激務にたずさわる中で命を落とした中井正一(中井久夫ではない)は、館長ではなく初代副館長だったのだが、2020年に開館された角川武蔵野ミュージアムの館長である編集工学者は、記事というよりは広告のようでもある法政大学と共同で行われたシンポジウム「朝日教育会議」の「プレゼンテーション」(’20年12月22日朝日新聞)で「街中でおいしそうなラーメン屋を認知するように、本は並ぶべきだと思う。」と発言している。SNSの情報のまま行列に並ぶように?
 2021年の第三回野間出版文化賞特別賞受賞の、図書館が融合した文化複合施設である「角川武蔵野ミュージアム」の受賞理由は講談社のサイトによると「図書館・美術館・博物館を兼ね備えた「コンテンツが零れるミュージアム」」だそうだが、コンテンツが零れるというのはどういう意味なのだろうか。零落という言葉は知っていたが、そもそも零点の零ではないか。こぼれる、こぼすという訓があるのさえ知らなかったので、受賞理由の文章が「本、音楽、映像、電子メディアが融合し、来館者の想像力を刺激する実験的な仕掛けがさまざまに施されている。出版文化の新しい形を体現した図書空間として注目される。」と続くのを確認し、さらに「施設概要」を説明する文章を読む。
 そう言えば、夕方のテレビ番組(ニュースなのか情報番組なのか、よくわからない)で、この、かつてのマスコミならば劇場型ライブラリーとでも読んだのかもしれない「施設」が紹介され、確か下北沢の本多劇場の語呂合わせのようだったと思うのだが、見世物としての「多」くの「本」に電子的な「光」が感性豊かなシャープさで降り注がれるといったようなものだったという記憶がある。
 それは、公益財団法人角川文化振興財団の運営する地上五階建て・総床面積約3600坪の「図書館・美術館・博物館が融合した文化複合施設」で、おそらく「融合」というイメージは20年以上前に流行したいささか古めかしい感じを与える「多目的ホール」を超えているはずなのだから、「コンテンツが零れるミュージアム」という、いわゆる詩的な言葉と結びついたのだろう。そして、この施設はどのような著名文化人の知恵に支えられているかと言えば、「編集工学者・松岡正剛氏、博物学者・荒俣宏氏、建築家・隈研吾氏、芸術学・美術教育学の神野真吾氏による監修のもと、メインカルチャーからポップカルチャーまで多角的に文化を発信する」空間なのだ。この文化施設は公共のものではあるが、公立のものではなく、2020年には大阪の中之島公園に「こども本の森中之島」図書館が開館している。東の施設の設計者、隈研吾に対して西の設計者は設計・施工の費用を負担した安藤忠雄。階段空間のある図書館で、走ったり座ったり立ったり読書をしたりそれぞれのポーズを決めた子供たちの写真は、施設が独自に撮った宣伝用写真らしく、朝日新聞の広告特集ページ(企画と制作が朝日新聞のメディアビジネス局。法政大学と朝日が組む教育会議に角川武蔵野ミュージアム設計者と館長が出席している作り方と、よく似ている)と「ミセス」のグラビアページを8ページ使って上品に紹介されている。子供のための図書館は、当然だが、子供が最初に自身でその存在を知るというか発見するのではなく、まず教育熱心で文化好きな母親や父親が知って子供を連れて訪れる空間だろう。「ミセス」には場所の情報の後に「※当面の間、混雑が予想されるため、入館は事前予約が必要」とある。この2つの建造物の「本」に関するコンセプトが、たまたまと言うわけではなく、同時代的に似ているのは当然のことだ。実際の空間を、いわば子供の視線で探索でもしてみれば新鮮な驚きにみちた発見があるはずなのだろうが、滅多に外出などしない私はもっぱら写真と言葉から判断するのだが、両空間では、「本を背置きでなく横置きにして手を伸ばさずにいられなくしたり」(松岡正剛。肩書がいろいろあるのでどれを書けば良いのやら困惑するが、この場合は「館長」)するスタイルで並べられ、空間には階段が本棚につながって印象的で重要な役割を果たしているのが新しい文化傾向というか流行として見てとれるし、2021年、早稲田大学に開館した、「木の温もり溢れるカフェも準備中で、大階段の本棚から、お好きな本を手にとって読んで頂ける予定です」(「65万人の卒業生の〝エール〟を学生に」早稲田大学の新聞広告)という隈研吾設計による村上春樹ライブラリー(「国際文学館」)にも階段と本棚のコンセプトは取り入れられている。大階段の本棚から手に取れる「お好きな本」の中に、退職させられたセクハラ教授の村上批判の含まれている著書は置かれていないのだろう。
「こども本の森中之島」は「設計・施工に関わる費用はすべて安藤が負担し、建物の完成後に自治体に寄贈する、こどものための図書施設」で、関西ではここに続き神戸でもオープンしたそうだ。軍配は西? そう言えば東の横綱には『負ける建築』という著書があった。
 なぜ図書館か。それはエリック・ロメールの’92年の作品のタイトルに含まれる「文化会館=Médiathèque」と呼ばれてもいいし、フレデリック・ワイズマンの映画の主役、「公共図書館」と呼ばれてもいいのだが、図書館が注目されるのは、近年、その中に収められる書籍が売れなくなったことと、どう関連するのかはともかく、「木の温もり」というわかりやすいコンセプトにもよるのだろう。
(つづく)