私たちの生存戦略

第三回 家族=呪いの輪

日本アニメ界の鬼才・幾原邦彦。代表作『輪るピングドラム』10周年記念プロジェクトである、映画『RE:cycle of the PENGUINDRUM』前・後編の公開をうけて、気鋭の文筆家が幾原監督の他作品にもふれつつ、『輪るピングドラム』その可能性の中心を読み解きます。

夏芽真砂子と祖父の問題
さて、高倉冠葉の実の妹である夏芽真砂子が憎んでいるのは、まず第一に祖父であった。
一代で莫大な富を築いたこの祖父は、差別的なまでの能力主義者であり、強くあれない者に対して非常に抑圧的な人物である。
だから真砂子の実の父は、祖父の抑圧に耐えかねて家を出てしまったのだ。真砂子と冠葉、そして弟のマリオを含む子ども達を連れて家を出たこの父の向かった先こそ、高倉両親が所属している組織(ピングフォース)であり、のちには恐るべき犯罪を引き起こしてしまうものである。
父を追い詰めた祖父を憎んでやまない真砂子はしかし、朝の紅茶の習慣や口癖まで、祖父にそっくりである。「すり潰されたりせんぞ」が口癖だった祖父に対し、真砂子の口癖は「嫌だわ、早くすり潰さなくちゃ」である。会議で「チャイナマネーにやられチャイナ」と口走った祖父と全く同じことを、真砂子も口走る(第十六話)。
祖父を殺す夢を何度も見ては、いつか自分が本当に祖父を殺してしまうのではないかと彼女は怯えている。
実際、弟を守るためには本当に祖父を殺さねばいけないとも思っている。というのも、父権的なこの祖父は、とりわけ男性に対して「男らしさ」、強さを求めているから。だから父は苦しんだ。そしてこのままでは、弟もまた同じ苦しみを被ることになってしまうからだ。
結局のところ祖父は彼女の手によってではなく、事故死するのだが、祖父が死んでも父は帰ってはこなかった。それを彼女は祖父の呪いのように感じている。
そして彼女はある夜、祖父と全く同じような行動を取っている弟の姿を目にしてしまう。彼女は「弟が祖父に乗り移っている」と感じる。これは彼女自身が無意識のうちに祖父の習慣や口癖を真似てしまっていたのと、全く同じことである。
要するに、引き継がれ囚われてやまない「呪いの連鎖」なのだ。
だから彼女は、ある日弟も自分も死にかけた時、死を受け入れるそぶりさえ見せていた(第十六話)。この時彼女はおそらく、死ななければ終わらないと思っていたのだ。家族の呪いを断ち切るには、そこで生きる人々がみんな死んでしまわなければ、と。