雑読系の人間なので、興味を惹かれたら何でも読む。最近読んで面白かった本にそれが如実に表れている。
まず、田中啓文著『漫才刑事』(実業之日本社文庫)。大阪府警難波署の目立たない若手刑事が、夜になると、「腰元興業」所属の漫才師“くるくるのケン”になり、寄席や劇場に出演しているという設定からして、そのあまりのくだらなさに笑える。そして、いつも必ず、ケンが居合わせるお笑いの現場で「事件」が起きる。難波署の上司であるカタブツ警部や同僚が駆けつけるが、カツラをかぶり眼鏡をかけたケンには誰も気づかない。「どうして気づかないんや、アホちゃうか」とケンが心の中でツッコむのもお約束。
ケンが芸人気質を熟知した上で刑事の推理力を働かせて、事件を解決するのだが(ミステリ部分はけっこう本格)、カタブツ警部はまだ気づかず、「ケン君、さすがだ」などと感心しており、なんだかスーパーマンと金田一耕助のパロディを同時に見ているようで、本当におかしい。疲れたときにはこんな本を読むにかぎる。
スティーブン・ウィット著『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(早川書房)は、全く違うタイプの知人二人が絶賛していたので、思わず読んだ。音楽をデータ化するmp3のフォーマットを作った科学者、CD工場からCDを盗んでネット上の共有ファイルにあげること生きがいとするオタクの男、徹底したマーケットリサーチでヒットを連発し、年収15億円をもらう音楽界随一のエグゼクティブという三者の目線から、いかにして音楽がタダになっていったのかを追求する本格ミステリ的超絶ノンフィクション。
いや、驚いた。なにしろ私はいまだにCDをちゃんと買っており、音楽がタダになっていたなんて知らなかったのだ。自分は一体世間からどれくらい遅れているのかと呆然となった。そのようなIT音痴にして、ブリトニー・スピアーズもビョークも「名前は見たことあるけど、歌手?女優?」みたいなアメリカ音楽音痴でもある私には、本書を読むのは霧の中を歩くようにおぼつかないものだったが、それでもすごく面白かった。もしITやアメリカ音楽を常識程度に知っていたら私の十倍くらい楽しめるにちがいない。
それにしても、こういう本を読むと、なんとも言えない気持ちになる。出版業界は音楽業界と同様、沈みゆくタイタニックだ。本書では「CDなんて時代遅れもいいところ。音楽はもうとっくにデータ」と百回ぐらい繰り返し語られているが、それなら紙の本なんて超時代遅れだ。でも、そのアナクロな媒体がこんな素敵なノンフィクションを運んでくるのだ。「本を出版する」というモチベーションがなければ、ここまで執念深い取材はできないのではなかろうか。ならば、そこに本の可能性は残されているとも言えるだろう。
最後に吉田和美著『バスク語のしくみ』(白水社)。白水社の「~語のしくみ」シリーズは素晴らしい。新書のように読めるのだ。私は語学好きだが、さすがに仕事と無関係なバスク語を習う余裕はない。でも興味はあるから、小説やエッセイを読むように、寝る前に5分か10分、この本のページをめくった。どの言語系統にも属さない孤立言語であるバスク語は独特。直接目的語と間接目的語の両方に合わせて動詞+助動詞が変化するのには驚いた。なんじゃこりゃ?!と思いながら、安らかな眠りについたのである。
紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。
【 高野秀行(ノンフィクション作家)】→青木薫(翻訳家)→???