妄想古典教室

第四回 男同士の恋愛ファンタジー

合戦ありファンタジーあり

 ここからはさながら『平家物語』のごとき展開で勇ましくも荒々しい。この合戦、桂海の山門方が劣勢である。すると桂海が業を煮やして、次のように叫ぶ。

 

山門よりこの寺へ寄せて攻めしことすでに六ケ度なり。毎度の戦、これに劣らずといへども、これほどに攻めかねたることいまだなし。いくほどもなき堀一つ死人にて埋めたらむに、などかこの城攻めやぶらざらむ。

(山門が三井寺を攻めるのはすでに六度目だ。毎度の戦、寺門に劣らぬとはいえ、攻めかつことがいまだない。たいしたこともない堀一つを死人で埋め尽くしてなお、なぜこの城を攻め破ることができないのか。)(「秋の夜の長物語」)

 

 桂海は、がばと堀へ飛び降り、2メートル以上ある岸の上へと跳ね上がり、塀の柱に手をかけるとそこをゆらりとはね越えて、三百余人の敵勢のなかに乱れ入り、火花を散らして切りつける。その活躍たるやまさに活劇ドラマである。

 

下げ切り、袈裟がけ、車切り、そむきてもてる一刀、しざりて進む追っかけ切り、将棋倒しの払ひ切り、磯うつ波のまくり切り、らんもん、菱形、蜘手、かく縄、四角八方を切りてまはりけるに、如意趣を防ぎける兵三百余人、足をもためず追ひたてられ、思ひ思ひに落ちて行く。

 

「下げ切り、袈裟がけ」などの見事な刀さばきで、みるみる敵陣をやっつけてゆき、桂海たった一人で、三百人あまりの軍勢を攻め落としてしまうのである。三井寺は焼き討ち。新羅明神の社壇以外は灰燼に帰した。

 その頃、石牢のなかで、天狗たちが、梅若君を奪いとったおかげで、三井寺焼き討ちにあったわいと笑い合っている。それを聞いた梅若君が我が身を憂えていると、石牢にあたらしく八十歳ぐらいの白髪の痩せた老翁がぶちこまれた。この翁は魔法使いであって、泣いている梅若君の涙を手の上で転がしながら、それを大きな水の玉となし、水圧で石を砕いて救いだす。実は翁は龍王であって、蛇体となった背に梅若君や童だけでなく、囚われていた者たちをみな乗せて神泉苑のほとりに降ろしてくれた。魔法に龍。突然のファンタジー展開である。

 梅若君はまず父の住む里邸、そして三井寺を訪ね、いずれも焼き払われているのを見る。童が山に登って桂海を訪ねてみるというので、梅若君は手紙を託す。桂海がそれをあけると次の歌があった。

 

我が身さて沈み果てなば深き瀬の底まで照らせ山の端の月

(我が身が沈み果てたなら、その深い底まで照らしておくれ、山の端の月)

 

 桂海は血相を変えて慌てて馬で下山する。すると瀬田川にかかる橋の上で、旅人たちが十六、七歳ぐらいの紅梅色の小袖で水干袴をつけた稚児が、西に向かって念仏を十遍唱えて、川に身を投げたといい合っている。桂海もそこから飛び込もうとするが周りの人々に止められて一命をとりとめる。せめてその亡骸を一目見ようと、童と小舟にのって川を下っていく。かなり下った先に、紅葉が水に溜まっているようにみえるところがある。それこそ梅若君の紅梅色の衣であった。桂海は、雪のように冷え果てた亡骸を取り上げ、膝にかかえて号泣する。童と二人で荼毘に付し、律師は比叡山には戻らず、梅若君の遺骨を首にかけて山林をさまよい、西山岩倉に庵を結んで勤行する。童は出家剃髪し、高野山に籠る。