妄想古典教室

第四回 男同士の恋愛ファンタジー

稚児は観音の化身

「秋の夜の長物語」が、最後に、かの稚児、梅若君は石山寺の観音の化身だったのだとするのは、これもまた稚児物語の定石である。奈良の菩提院の観音の由来を語った「稚児観音縁起」がそれを最もよく表している。「稚児観音縁起」は鎌倉時代末期、14世紀初期の作品とみなされている。

 物語は、奈良のある上人が、齢六十になるのに、弟子がいないことを嘆いて、長谷寺に参って、三年のあいだ月詣でをするから弟子を一人授けてほしいと願をたてるところにはじまる。

 三年がたったが、まだ弟子がいない。最後の長谷寺詣でをした帰路、十三、四歳ばかりの美しい稚児が横笛を吹いているのに出逢う[fig.4]

[fig.4]「稚児観音縁起」
小松茂美編『続日本の絵巻20 当麻曼荼羅縁起 稚児観音縁起』中央公論社 1992年 ([fig.5]も同)

 

 師匠と喧嘩をして、帰るところがないというので、上人は喜んで連れて帰った。ところが、三年がたったころ、この稚児は俄かに病づき、死んでしまう。遺言に、私が息絶えたあとも、土に埋めたり、荼毘にふすことなしに、棺にいれて持仏堂に置き、三十五日過ぎたら開けてみるべしとあった。その日がきて、棺を開けてみると、えもいわれぬよい匂いがただよい、金色の十一面観音が現れた[fig.5]

[fig.5]

 

 観音は、微笑みながら上人に告げる。「私は衆生得度のために初瀬山の麓に住んでいたのだが、汝の多年の願いをかなえるために童男にかたちを現じて今生だけでなく来世もと二世の契りを結んだのだ。今から七年後の八月十五日に必ず迎えにくる」。言い終えると雷光のような光を放って虚空に上り、紫雲のなかに隠れた。

「秋の夜の長物語」にも「石山の観音の童男変化の徳」と語られていたように、稚児は観音がこの世に現じた姿なのである。したがって、僧侶と稚児との性的関係は、観音と交わっている徳の高い行為と妄想されていたのである。