最近、読書スピードが極端に落ちているのが悩みです。それもあっていわゆる積ん読本が山脈のようにそそり立ち、その麓で途方に暮れている毎日です。そこに山があるから……という理由で挑むのも一興なのですが、手に取ってページをめくるととにかく進みが遅い。僕は左目が見えないのでそのハンデもあるかしら? と思ったのですが、ここのところ会う人ごとに読書スピードの低下を相談しています。
社会学者の宮台真司さんは、読書とは脳内で検索しながら進めるものなので、脳内のデータ量が増え、検索したくなる対象が増える程必然的に読書スピードは落ちるという見解。これはかなりポジティヴにスピードダウンを説明出来ます。批評家の伊藤聡さんは最初は無心に読んで本との相性を見てはどうか? とアドバイスをくれました。相性が良い本はさくさく進むもので、つっかえがちになる本はしばらく置いておく。さくっと読んで気になる所は再読して読み込んだらどうか? と。これも確かに得心の行く見解でした。
相性の良い本。僕の読書体験には確かにいくつかの相性の良い本がありました。セックスで言えば一晩離さないぜ! という相手というか、一晩で読み切ってしまう、読む手を離せない相手。そういえばページをめくる手は愛撫とも似ていて……電子書籍は『ブレードランナー 2049』のジョイと遊んでるみたいな、と着想を得たのですが、これは別の機会に。
目も、手も離せなかった最初の記憶は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』で自分で読んだごく初期の作品でした。物語に出てくる光景を頭で浮かべながら鉄道に乗り、ジョバンニとカムパネルラと一緒に銀河を前進していく感覚。ただ現金なもので頭で描いたイメージは後々ますむらひろしの猫たちに塗り替えられましたね。今、目を閉じて銀河鉄道の夜を思い出すと全部猫で脳内再生されます。初めての相手の記憶がしっかり塗り替えられている。人間の脳の限界ですね。
小学6年生の時にエラリー・クイーンが変名のバーナビー・ロス名義で発表した『Yの悲劇』と出会います。XとZも前後して読んでるのですが『Yの悲劇』は圧倒的でした。興奮! 興奮! 興奮! その意外な犯人が判明した時にふわーっと身体が上気するのを感じました。多分、あれこそオルガズムです。登場人物もみな魅力的でサム警部が小さな靴を履く場面が確かあるのですが、その滑稽さと言ったら! とにかくこの時に感じたオルガズムが忘れられず、推理小説を片っ端から読むようになりました。クロフツのフレンチ警部シリーズ、ヴァン・ダイン、アガサ・クリスティー、コナン・ドイル、そして日本の横溝正史、松本清張、江戸川乱歩など。中学の頃はこうした作家に昇天させられてました。
大人になるとそうは簡単にイかないぞ! と強がるようになったのですが最近でもリチャード・ドーキンスの『神は妄想である』(垂水雄二訳、早川書房)において、神を相手にカタルシスを感じる宗教の構造そのものをぶった切る倒錯した感情に震えたり、ハラルの『サピエンス全史』(柴田裕之訳、河出書房新社)で脳のみならず全身をマッサージされるような快感に溺れたのを書いていて思い出しました。そして、こともあろうに! 今、興奮している相手は米大統領トランプが主演男優の『暴君誕生』(マット・タイービ、神保哲生訳、ダイヤモンド社)。ああ、こんな私に誰がした。そして、この喩え話、実際に読書スピードの劣化は身体の劣化にも通じているなーと実感したふんにゃり40歳でした。
紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【ダースレイダー(ラッパー)】→佐藤大(脚本家/音楽家)→???