佐藤文香のネオ歳時記

第3回「秘密」「化粧水」【秋】

お待ちかね!(かどうかはわからぬが)「佐藤文香のネオ歳時記」がついにスタート! 「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・秋 分類・生活(その他)】
秘密(ひみつ)

「僕、お尻にけっこう大きいホクロがあって、毛が生えとるんよ」
 むかしむかし、遠距離恋愛の彼氏に別れを切り出したとき、こう言われた。彼は、本当ならこれからお互い知っていくはずの秘密を共有できなかった名残惜しさからか、別れ際にそのうちのひとつを教えてくれたのだ。彼とは、キスまでしかしたことがなかった。
 この告白は、賭けだと思う。彼に対する好意が私に残っていなかった場合、気持ち悪いとしか思わないだろうし、彼のことがまだ少し好きだったとしても、そういう話が嫌いな人なら急速に冷める。しかし私には、かなりグッときた。あぁ、この人のお尻を、そしてほくろの毛を見ておくんだった、と。別れると決めたことを少し後悔した。でも、あとには引けなかった。
 秘密を明かすことは、相手に対してのサービスでもある。とっさに自分にもなにか秘密はないか考えてみたところ、新しく好きになった別の相手と毎日メールをしていたことくらいだった。危ない危ない、これでは餞別にならない。秘密は秘密のままにしておくことで、自分と相手を守ることの方が多い。
 ともあれ私は、自分が人付き合いをする上で、相手のできる限りすべてを知りたいと思ってしまうタイプで、謎の多い人は端的に言って苦手だ。会う予定の人がいれば、とりあえずツイッターとGoogleで検索し、生年や出身地、どんな仕事をしてきたか、得意分野などをとりあえずおさえる。私が会って話したいのは、その先。webには書かないような、本人しか話せない個人的な話、その人の秘密。だから「三橋敏雄以外の俳人の全句集を読み通したことがない」だの「眉毛レベルの濃さのあごひげが10本以上生える」だの、言わなくていいことまで誰にでも言ってしまう。そうすればみんなも安心して、私に秘密を提供してくれるのではないか、と思うからだ。そこで大切なのは「口はかたい」という表明で、実際私は他の人から「秘密ね」と言われたことをほかで漏らして楽しむような真似はしません。
 開放的な夏を経て、秋は誰かと親密になるのに適した季節。少し涼しくなって、人との物理的な距離感が縮まったとき、心もまた近づくことを求めはじめる。
季語として「秘密」をつかうときは、「秘密の○○」ではなく、あくまで秘密という概念自体を詠んでいただきたい。

〈例句〉
昼の埠頭につやめける秘密あり  佐藤文香
コンピューターゲーム 君の秘密が気化するまで