佐藤文香のネオ歳時記

第7回「ヒートテック」「ボジョレー・ヌーボー」【冬】

「ダークマター」「ビットコイン」「線上降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・冬 分類・生活(ファッション)】
ヒートテック
傍題 極暖 超極暖

 老若男女、誰もがヒートテックを着て過ごす冬がやってきた。一企業ユニクロの一商品であるにも関わらず、この普及ぶり。
 ヒートテックは長袖下着を指すのではなく、着ることで発熱するというユニクロと東レの共同開発技術のことだが、ここではヒートテックのインナーウェア全般を季語「ヒートテック」としたい。とくに女性を中心に着用する人が多く、「私はヒートテックは着ない」という人には、むしろ何らかのこだわりがあるのでは、と勘ぐってしまう(「ヒートテックを着ると痒くなる」という乾燥肌の人、それは化学繊維が原因であることが多いようなので、ヒートテックのみならず冬場の化繊全般を避けた方がいいかもしれない)。
 ヒートテックが出現する前、我々は何を着ていたのだろう。すると強烈な名前に思い至った。「ババシャツ」である。薄桃色で裏起毛の女性用下着だ。まかり間違っても外からは見えないように胸元ががばっと開いたつくりで、長袖ではなく8分袖。忘れていた。高校時代、私だけでなくほかの女子も冬場はババシャツを着ていたじゃないか……! 確認したところ、ヒートテックの発売は2003年。私が高校3年生の年だ。それから飛躍的にブレイクし、今では世界7カ国で累計販売数1億枚を突破したらしい。今ババシャツを着ている高校生はいるのだろうか。20年前にこの「ネオ歳時記」を連載していたら、冬の季語には間違いなく「ババシャツ」が入ったと思うが、時の流れには逆らえない。
 ババシャツというのは、やはり長袖下着はダサいもの、という固定観念を逆手にとった通称だったように思う。それが、黒や紫などはっきりした色のヒートテックなら、少々外から見えてもオシャレなくらいだ。ヒートテックシリーズにあるレギンスやステテコなど、既存の恥ずかしがるべき肌着や家着をリニューアルし解放したという点で、ユニクロの功績は大きい。
 ヒートテックを初期から着ている身としては、その改良努力にも目をみはる。ヒートテックの1.5倍暖かいとされる「極暖」が誕生し、それぞれ発売当初より薄く着やすくなっている。さらに、「極暖」の1.5倍暖かい「超極暖」まで生まれた。また、ブラキャミソールやレギンスパンツなど、すでにユニクロで人気商品となっているものにもヒートテックを導入。冬場は全身ヒートテックで揃えたくなる、というのもきっと、販売戦略だ。うまい。
 どんなにオシャレな人でも、ヒートテックを着ているとわかると、なんだかほっとする。高機能かつ誰もが着られることが、この季語の本意だ。

〈例句〉
脱がせ合ふヒートテックや雨後の星  佐藤文香
ヒートテック裏地に皮膚の擦れて粉に