昨日、なに読んだ?

File55.子供に会いたいときに読む本
リュドミラ・ウリツカヤ 著/ウラジーミル・リュバロフ 絵『子供時代』、アントニオ・タブッキ『時は老いをいそぐ』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。

 ベオグラードの朝。坊やが、空を指さす。飛行機が、細い線を描いていく……。子供のいる情景が好きだ。1991年ユーゴスラビア内戦勃発、1999年3月24日にNATOの空爆が始まり78日続いた……。重い時代も、子供に救われていた。

 リュドミラ・ウリツカヤの『子供時代』(新潮クレスト・ブックス)は、第二次大戦直後の旧ソ連時代を生きる子供の世界を描く。「キャベツの奇跡」は、遠縁のお婆さんにひきとられた戦争孤児の姉妹のお話。酷寒のなかで姉妹は列に並び、キャベツを買おうとするとお金がない。お札を落としたのだ。すると姉妹の前をトラックが走り去り、荷台からキャベツが二つ落ちてきた。喜んで家に運ぶと、お婆さんがいない。帰りの遅い二人を心配して、仲良しのところで泣いているのだ。お婆さんの帰りを待つ姉妹……。芽生える愛に、魂がほっとする。絵はウラジーミル・リュバロフ。花のようなキャベツが、星空に浮かぶ。沼野恭子の明るく繊細な訳。

 次のお話にも少女が現れる。アントニオ・タブッキの『時は老いをいそぐ』(河出書房新社)所収の「雲」は、クロアチアの夏の海で出会ったイタリアの少女と、国際平和維持軍に参加した軍人の対話の形をとる。男は重病らしく、薬が手放せない。少女の無邪気な問いと答えに、歴史に繰り返される戦争が主題となり、祖国、民族、国籍、理想の善悪、ファシズム、家族崩壊が縫いこまれる。男は、戦争の終結を予言した古代の地理学者ストラボンの雲占いを思い出し、二人は雲占いをはじめた……。

 NATOによる旧ユーゴスラビア空爆では、コソボを中心に劣化ウラン弾が大量に使用され、被爆者を出した。平和維持軍でコソボに派遣されたイタリア兵の発癌率は高く、死者も多い。空爆ではアヴィアーノ基地が使われ、イタリア市民の空爆反対デモがあったと記憶する。あえてクロアチアの他には地名も病名も記さず、戦争という不条理を象徴的に語るタブッキの声は優しく深い。和田忠彦訳が、瑞々しい。

 

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