丸屋九兵衛

第46回:在日コリアンの通名と帰化と就職と。アルバイト求人に応募しても返事は来ない

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 昭和は遠くなりにけり。
 平成も遠くなりにけり。
 何となれば、「昭和」と聞いて我々が連想するものの多くは、実のところ平成の風景だと思うから。
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 こんな風に始めたことには理由がある。

 かつては「近所のコンビニの店員が無礼だ」「失礼だ」「礼儀知らずだ」という小言をよく耳にしたものだ。しかし、それも今は昔。
 最近は事情がすっかり変わって――というより逆転して――モンスター化したカスタマーに悩まされる店員さんたちが多いという話ばかりを聞くようになった。パワハラ、モラハラあたりはともかく、マタハラにパタハラ、アカハラやリスハラ、カラハラ、ハラハラあたりになると全くついていけないわたしは、こういう事態を「カスハラ」と呼ぶことにも抵抗を感じるが、とにかく、迫りくる客の脅威に意外な方法で立ち向かったコンビニエンスストア店員のエピソードが面白かったのだ。

●外国人の名札をつけたら、「過剰な要求」が消えた
さて、そのAさん、ある勤務先で、以前勤務していたとみられる外国人の名前が入った名札を渡されたことがある。片言で話し、「外国人留学生のふり」をして接客したところ、客からの「過剰な要求」が消えたという。
「たとえば、箸やスプーンを何本つけるかとか、1秒でもレジを待たされると怒り出すとか——。普段は『黙っていても分かれよ』というようなスタンスで接してくるお客さんが少なくありません。
でも、こっちが『外国人』だと何も言ってこなくて、大体はマニュアル通りの対応で済みました。お客さんも過剰に『日本人』に期待しすぎているのかもしれないですね」
ただし、少数ではあるが、外国人の名札をつけることで、差別的な言動をとられたり、「日本人(店員を)出せ」と言われたりしたこともあったという。
カスハラの発生には、加害者の特性だけでなく、加害者と被害者の関係性も影響しているとされる。店員の名札から国籍などの属性を読み取り、客が態度を変えていることが分かる事例だ。

 文化が違う。習慣が違う。言葉も通じているのかどうかわからない。そんな店員と自分を隔てるモロモロの壁を乗り越えるのに要する苦労と、それで得られる見返り。この二つを天秤にかけて、「苦労の方が大きい」と瞬時に判断したわけだ。
 わかる。わたしも経験があるから。

 アリババで買い物した時のこと。送られてきたズボンが注文したものと全然違ったのだ。
 クレームをEメールで送ると「Sorry my friend!」と愛想はいい。だが、送り返す送料の相談になると話が進まなくなった。「有無を言わさず、着払い扱いで送り返してやろうか」と思ったが、ここで落ち着いて考えてみる。
 いかんせんアリババである。つまり、そのズボンは安い。ものの3000円ほどだ。でも、これを日本から中国に送るとなるとナンボかかる? 着払いが通用すればいいが、拒否されて我が家に強制送還され、わたしが往復の送料を負担することになったら、いったいどうなる?
 その苦労と、それで得られる見返りを天秤にかけて、「苦労の方が大きい」と判断したわけだ。

 今や、件のズボンは押入れの肥やしになっている。着てくれるホームレスの人がいれば喜んで渡すが、板橋区でホームレスの定住地を見つけるのは著しく困難なのだ。特に、荒川区と比べると。
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 だが、「コンビニエンスストア」と「外国人名」の組み合わせを聞くと、わたしが連想するのは友のことだ。

 わたしには在日コリアンの友人たちがいる。今日紹介したいのは朝鮮学校出身の一名だ。親切な人物なので、ここではクムジャさん(仮)と呼ぶことにしよう。そのクムジャさん(仮)は「国籍なんて単なるパスポート」と割り切っているタイプだが、「通名」を使わないことをモットーとしている。
 それは、自分の目の前で差別的な発言をされないための防御策だ。

 二十数年前、履歴書に本名を書き、朝鮮学校出身と書いてアルバイトの面接に行きましたが、全て落とされました。中には露骨に「外国人は雇えない」というコンビニもありました(今では外国人に頼りまくっているくせに)。でも先立つお金が必要で、しかしプッシャーになってストリート稼業をするわけにもいかない。そこで履歴書に通名を記入、出身学校として適当に近所の小中高校名を書いて面接を受けたらあっさり受かり、初めてアルバイトすることになりました。
 それは良かったのですが、在日コリアンのコミュニティを中心に育った自分は、よく考えると中学生ぐらいから同世代の日本人と長い時間一緒に話したりすることがなく。ほぼ初めていろいろと会話することになったのですが、彼らは時おり「韓国人がどうこう」「中国人があれだ」「何人がああしたこうした」と発言します。挙げ句にはアルバイト先から遠くないところに朝鮮学校があるため、「朝高(チョンコウ)のやつらってさあ」という発言まで。無邪気に差別的なことを言う人がこんなにも多いんだと、ショックを受けました。
 なので、その後は大学でもアルバイト先でも就職する時も通名は一切使わず。本名で通せば、よほどデリカシーがない人でない限り、「韓国人がああだこうだ」「在日って特権があるらしいよ」と目の前では言わないだろう、と。
 幸い、大学以降は理解ある友人も多くできて、今も本名で働けています。


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 自分が何者なのかを忘れるな。世界は忘れてくれないから。むしろ、それを鎧のようにまとえ。そうすれば、それはおまえを傷つけるためには使われない。そんなティリオン・ラニスターの名セリフを思わせる展開である……いや、実際はちょっと違うが。

 

 それにしても。
 面と向かって「鶴橋大虐殺」を叫んだ女子中学生も最悪だが、「ここには日本人しかいない」という安心感がないとレイシズムすら繰り出せないビッチアスどもも最低である。

 この話で思い出したのは、我がアナザー在日フレンド。VERBALと名乗るリュウ・ヨンギのことだ。
『VERBAL: alien alter egos――神のパズル それは僕自身』に書いてあったエピソードだ(と記憶している)。学生時代、アルバイトに応募せんと電話したバーバル。名前を問われて「リュウです」と答えると、担当者は「いや、名字を聞いてるんだよ」。バーバルが「名字がリュウです」と言うと、しばしの沈黙の後、その担当者は「こちらから電話するよ」と言った。もちろん、電話はかかってこなかった。

 そう、姓名は顔ほどにものを言うことがある。
 わたしが都の西北の1年生の頃、英語の授業を受け持ってくれていたのはニコラス・ユングハイム先生。シカゴ出身のアメリカ人だ。使用する教科書は「英語を通じてアメリカ文化を学ぶ」、もしくは「アメリカ文化を通じて英語を学ぶ」というコンセプト。序章に、「典型的なアメリカ市民」として適当な名前がいくつか挙げられていた。
 その中のスティーヴ・ワシントンという名についてユングハイム先生曰く。「この姓名は明らかにアフリカン・アメリカン、いわゆる黒人男性の例として挙げられています」。
 わたしが「アフリカ系アメリカ人特有の命名センス」というものに興味を持ったのは、そんなユングハイム先生のおかげである。
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 でも、Samantha FutermanやAnais Bordierといった名前であれば、どうだろう?
 あるいはThaddea Grahamなら?

 Thaddea Grahamは湖南省長沙市生まれだがダウン県で養子となった中国系北アイルランド人女性。『王への手紙』や『ベイカー街探偵団』で知られる。
 Samantha FutermanとAnais Bordierは韓国の釜山で生まれた双子姉妹だが、別々に養子としてもらわれていき、サマンサはアメリカ、アナイスはフランスで育った。互いに相手の存在を知らずに。その二人がインターネットのおかげで知り合い対面するストーリーは、いわば現代版『ふたりのロッテ』だ。何度聞いても、わたしは涙する。

 Anyway.
 FutermanやBordier、Grahamという姓を聞いて、彼女たちの出自を当てられる人は少なかろう。
 在日コリアンに対して「通名を禁止しろ」「帰化もするな」と叫ぶ人たちがいるのは、それが理由だろうか。姓名からして一目瞭然のコリアンでないと、しかるべき差別待遇を受けさせられないから?

 さらには、北アイルランドやアメリカやフランスに住む東アジア系とは違い、日本における朝鮮半島系は「イースト・エイジャン in 東アジア」。名前さえ日本風であれば、外見で区別するのは至難の技!
 だから時おり思うのだ。在日コリアンや在日中国人はユダヤ人のようだ、と。
 かつて、ドイツ人が彼らをやたらと恐れ「ダビデの星」バッヂ着用を強制したのは、往々にして自分たちと区別がつかないからだ。自分たちのすぐ近くにいる在日エイジャンにビクビクする日本人のマインドセットは、80年も前の同盟国のそれによく似ている。
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 逆に、「在日コリアンたちは日本に住んでるにもかかわらず、帰化しようとしない」と文句を言う人もいる。

 確かに、普通なら在日コリアンたちは日本国籍を取得するのが自然だろう。「自然だ」というのは「日本に住む以上、日本人となるべきだ!」ということでは全くなく、ただ単に住んでいる地域の国籍を持っているほうがいろいろと便利であろうというだけの話である。
 しかし、それはあくまで「普通なら」という仮定のもとでの話。ここでいう「普通」とは、「朝鮮半島と日本の関係がここまでこじれていなければ」の意味だ。それに加えて、煩雑な手続きも立ちふさがる(と聞く)。

 先に書いた通り、我が友クムジャさん(仮)は「国籍なんて単なるパスポート」派。
「自分は移民3世で、日本で生まれ恐らく日本で死ぬだろうし」と、日本に帰化することには抵抗がないという。実際に取り掛かろうかと思っている……のだが、そのクムジャ氏(仮)が未だ帰化していない理由とは何か?
 手続きの煩雑さを思うと億劫になってしまうから、である。
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 厄介なのは、一部の人にとって「帰化しろ」が「同化しろ」と同じ意味を持つらしいこと。

 トレヴァー・ノアは、スタンダップ特番『Trevor Noah: Afraid of the Dark』の中で、ゼノフォビアに燃えるUK白人たちを演じてみせる。
「なぜ移民を憎むのかって? ヤツらはブリティッシュになろうともしない! ヤツらは我がもの顔で外国文化と外国語をまき散らす。国を乗っ取るつもりだ!」

 トレヴァーは「それはブリテンが世界中でやってきたことのような」とコメントする。うむ、確かに。しかし同時に、それはユーラシア大陸の逆側に位置する島で起こっていることにもよく似ていると思うのだ。UK白人はBREXITに際して、「ブリテンを取り戻す」と言っていたらしいし。

 ただ、ユーラシア東端の島国は「旧・帝国としての責任を取っているか否か」という点でさらに劣ると思うのだ……が、それはまたの機会にしよう。
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 UKもUKだが、日本はさらに酷い。
 この国ではなぜ、マイノリティがマイノリティであることのメリットを活かせないのだろう。

 ここ日本は、メキシコやコンゴ(民主共和国のほう。首都はキンシャサ)と並んで、プロレスが素晴らしい発展を遂げた国の一つ。
 基礎を築いたのは? 力道山だ。
 その後も、長州力や前田日明といったコリアンの傑物がプロレスを支え、盛り上げてきた。そんな日本プロレス界なのだから、コリアン軍団の一つや二つ存在してもおかしくないと思うのだがなあ。

 アメリカを見れば、90年代のWWE(当時はWWF)には「ネイション・オブ・ドミネイション」というクルーがいた。黒人ムスリム団体「ネイション・オブ・イスラム」にヒントを得た黒人レスラー集団だ。
 同クルーを乗っ取り、超絶ウルトラ大ブレイクを果たしたのがザ・ロックことドウェイン・ジョンソン。そんな彼は、確かに父方を通じて黒人でもあるが、母方はサモアンだ。その一族はアノアイ(Anoa'i)ファミリーとして知られるサモア系のレスラー軍団/血族である。
 メキシコ系なら、とても痛い背骨折り技「ゴリー・スペシャル」で知られるテキサスの名門一家、ゲレロ(Guerrero)ファミリーがいる。00年代から断続的に活動するメキシクールズ(The Mexicools)も忘れがたい。メキシカンへの偏見やステレオタイプを茶化す、コミカルで太短く、それでいて敏捷なチームである。
 このように、プロレスとは各エスニック・グループ(時として詐称あり)が入り乱れるエンタテインメントだ。なのに、日本マットには韓国系クルーもウチナンチュ軍団もアイヌ集団もいない。

 とはいえ、日本にも希望がないわけではない。在日コリアン漫才というものが存在するのだ!
 そのコンビの名はコリアンチョップスクワッド。「アルバイト先で通名を名乗るか否か」というネタも良かったが、自動音声に国籍を問われたうえに「韓国人の方は1を、在日韓国人の方は2を押してください」「徴兵に行ったことがある方は1を」「好きな韓国作品が『パラサイト』の方は1を」と進む「カスタマーセンター」は最高だ。

 

 動画につけられたコメントにはシッティものが多いが、中には「いや〜初めてみたけど面白いじゃん。でもこれズルイよな 日本人じゃ出来ないネタだから独禁法抵触だなw」という意見もある。
 そう、マジョリティ――日本における絶対多数派である日本人のような――がやる芸はつまらんのだ。だから米欧では白人のコメディが衰え、アフリカン・アメリカン、インド系、ラティーノ、東アジア系、南アフリカ人といったマイノリティたちのトークが爆発している。

 先のコリアンチョップスクワッドの「アルバイト先で通名を名乗るか否か」というネタ。その中にある「在日とバレてもクビにならない」というくだりに、「クムジャさん(仮)のアルバイト時代からは進歩したのだ」と希望を持ちたい今日この頃である。