丸屋九兵衛

第45回:またも「●●に政治を持ち込むな」? 『セサミストリート』アジア系マペット狂想曲

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 わたしがPファンク・ファンになったことすら、『セサミストリート』の影響なのかもしれない。

 2010年代に接近遭遇が相次ぎ、Pファンクの総帥であるジョージ・クリントン師匠との距離がグッと縮まったわたしだが、少年〜青年時代はむしろブーツィ・コリンズ信奉者として過ごした。
 どこで入手したのか、1978年の全米ツアー・パンフレットまで持っている。
 そのパンフレットを見返すと、曰く……
 好きな食べ物=アップルパイ
 好きなTV番組=セサミストリート
 皆さんも、ブーツィ・コリンズ当時27歳の若さ(精神年齢)に打たれるであろう?

 しかし!
 かくいうわたしも、この歳で『セサミストリート』に感動したりするくちなので、ひとのことは言えない。それどころか母の証言によれば、生後2歳の頃から見ていた、とか。ある意味ではブーツィ・コリンズよりハードコアなセサミ信奉者なのだ。
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 最近、そんな『セサミストリート』に新展開があった。

 11月25日、共存や多様性をテーマとした感謝祭の特別番組『See Us Coming Together Special』に、番組史上初めて、アジア系のマペットが登場したのだ!
 彼女の名はジヨン(Ji-Young) like キム。名前からわかる通り、韓国系の女の子。7歳にして、かなりハードなプレイを聴かせる左利きギタリストでもある。

 そんなジヨンに関する報道を、「アジア系マペットが初めてとは……」と意外の感に打たれながらも微笑みながら読んでいたわたしの笑みを消したのは、こんなツイートだ。

せっかく人種の概念のない世界(例えばビッグバードやクッキーモンスターのいる世界)だったのに、人種の概念が持ち込まれるのは残念です。

 人種の概念のない世界……いったいどこの惑星に住んできたのだ?

 もう一度、ツイートを見てみる。
 これはおそらくアレなんじゃないかと思う。
「●●に政治を持ち込むな」というやつだ。
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 いつぞやの『表現の不自由展』と『表現の不自由展・その後』騒動の際に見たツイートを思い出す。

津田さんの展示は、あまりにも表現が直接的かつ幼稚な表現で、とても芸術作品などとは思えません。ただ座っている少女が問題なのではなく、プロパガンダ表現に利用されているから問題なのです。
表現の自由を利用した単なるプロパガンダを、芸術などと持ち上げてはいけません。

「あまりにも表現が直接的かつ幼稚な表現で」という表現があまりに熱がこもった表現で心打たれる。「芸術に政治を持ち込むな」と本気で信じている人の"純粋さ"が表現されている直接的な表現……と言っておこう。
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『セサミストリート』は教育番組である。
 主たる対象は未就学児童。きたるべき学校での勉強に馴染むための準備を手伝うのだ。特に、そういうことに手が回らないであろう低所得家庭の子供たちを助けるべく。

 そんな『セサミストリート』は当然ながら、寛容と共存と多様性と相互理解を謳っている。自閉症のマペットもいて、ホームレスのマペットもいる。
 そのような番組が、人種の概念と無縁でいられると思うか?

 そもそも『セサミストリート』には昔から、ゴードン・ロビンソン(黒人)やマリア・ロドリゲス(プエルトリカン)、ラファエル(やはりプエルトリカン。演じるのはラウル・ジュリアだ!)といった"エスニック"な顔ぶれがたくさん出ていた。
 上記は人間が演じるヒューマン・キャラクター。だがマペット勢でも、70年代にはRoosevelt Franklin、90年代にはKingston Livingston IIIといったアフリカン・アメリカン設定のキャラクターが登場していたのだ。
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 本当にありがたいことに、件のジヨン登場回『See Us Coming Together Special』はYouTubeで見られる。
 

 

 "Neighbor Day"の祭典で得意のギターを披露する気満々だったジヨン(マペット)は、「国に帰れ!」と言われてすっかり意気消沈。理解に苦しむエルモ(マペット)に対して、近所に住むアランおじさん(日系のムラオカさん)が「私たちエイジャンを"アメリカ人ではない"と主張する人もいるんだ」と説明する。「そういう人がいるなら、"Neighbor Day"で演奏しないほうがいいのかも」と言うジヨンに、アランおじさんは「アジア系や太平洋諸島系のネイバーはたくさんいるよ」と、まずは韓国系のジム・リーを紹介する。そう、マーベル、イメージ・コミックス、DCと各社で活躍してきたコミック・アーティスト、あのジム・リーだ! ついで、インド系のモデルでTV司会者で料理研究家のPadma Lakshmi、香港系シェフでLGBTQアクティヴィストのメリッサ・キング、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』のシム・リウも。特にシム・リウが「子供のころの僕は、自分に似た人たちをTVや映画で見かけたことがほとんどない。だから、自分が映画に出るようになるとは思わなかった」と語る部分がいい。つまり、"representation matters"ということだな。ジム・リーの「他人と違うこと、それこそがスーパーパワーだ」という発言も。
 最後に、大坂なおみからの激励メッセージを経て、ジヨン&ザ・ベスト・フレンド・バンド(全員マペット)は"See Us Coming Together"と"Anyone Can Be Friends"をパフォーム! その最中に、Anderson .Paak(アフリカ系のアンダーソンさんであり、韓国系の朴さんでもある)がチラッと映るのもイキである。

 もちろんこれは、アジア系&太平洋諸島系へのヘイトが横行する昨今の風潮へのアンサーだ。
『セサミストリート』がこうしたことを試みるのは初めてではない。今年の6月には「目が吊り上がってる」と嘲笑されたフィリピン系の少女(マペットではなく人間)Analynを、アラン・ムラオカが「私も過去に同じ経験をした。でも、目の色も形も大きさも、その人のルーツを物語るものなんだ」とヘリテッジ讃歌で勇気づけるひとコマ、『Proud of Your Eyes Song』があった。

 

 なお、それに先立つ3月には、アフリカン・アメリカンの男性イライジャ・ウォーカー(マペット)が息子ウェス(もちろんマペット)とエルモ(やはりマペット)に、肌の色はメラニン色素によって決まること、そして肌の色はアイデンティティの大切な一部だが、同時に、みんながそれぞれ違う外見でOKなのだ……と説明する『Explaining Race | #ComingTogether』が放映されている。

 

「人種の概念のない世界」とは、どんな世界の『セサミストリート』のことなのやら。
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『ズートピア』にしろ『ピーターラビット』にしろ、行間から香り立つのは、メッセージに溢れた寓意だ。

 ここ日本でも。
 つるの剛士がパクチーを盗まれて「工場で働く外国人が犯人」デンデンと騒いだ時に、そのゼノフォビックな発言を擁護する側が「ウルトラマンに政治を持ち込むな」と主張して、我々の脱力を誘うという展開があった。
 なぜなら、もちろん『ウルトラマン』シリーズはとても政治的だから。特に初代ウルトラマンのアレ、ウルトラセブンのモロモロ。そして「怪獣使いと少年」……。

 かつてアーシュラ・K・ル・グインは言った。「ファンタジーは現実を語るための最も古い文学だ」と。
 その後輩がSFだ……とわたしは信じているわけだが、そもそもフィクションとは「絵空事に託して現実を描くもの」ではないのか?
『ゲーム・オブ・スローンズ』であれ、『偐紫田舎源氏』であれ、『スター・トレック』であれ。