その時、我々はヒゲを語っていたはずなのだ。
彼は十年来の友人である韓国系アメリカ人。カリフォルニア州南部、ロサンゼルス界隈の育ちながら、韓国のソウルにも拠点を持ち、台湾や中国でも仕事してきた男である。
なぜヒゲがトピックだったのか? 原因は、わたしが「どうせ外出時はマスクやし」と思い切ってヒゲを剃り落としたことにある。結果、顔がマヌケ極まりない状態に。ゆえに、ヒゲありとヒゲなしの状態を行き来してきた先達たち(☆Taku Takahashiを含む)に「何日くらいで元に戻るか」「ヒゲの伸びを促進するためには何を食べるべきか」等を質問していたのだ。
しかし、この韓国系アメリカ人はヒゲのメタボリズムより、日本の状況に関心があったらしい。
彼「最近の日本はどう? アベ暗殺事件にはビックリしたよ」
わたし「最初はインサイド・ジョブかと思った。もうすぐ選挙だから」
彼「アベが出馬してたのか? 健康問題で辞任したと思ってたけど」
わたし「ヘイ、日本は大統領制ちゃうよ」
彼「でも、もう別の人がプライム・ミニスターやってるでしょ」
わたし「つまり、アベはPMとしては辞任したが議員は辞めてなかったということ」
彼「なるほど」
わたし「彼が死んだ今、彼の党が同情票を集めるね」
彼「ふうむ。インサイド・ジョブだとしたら、かなりドラスティックなやり方だな」
わたし「で、わたしはインサイド・ジョブを疑っていたわけだが、容疑者は統一教会ヘイターらしい!」
彼「?! 何を言っているのかわからん!」
わたし「アベは統一教会のアライ(同盟者)だった」
彼「え、Rev. Moon(文鮮明)の?」
わたし「そう。容疑者は不幸な育ちで、母が教団に入れ込んだため、彼の家はブローク(金欠)かつブロークン(崩壊)だったとか」
彼「ああ、殺された理由はそれで説明がつくね。ところで君は……アベのことは好きだった?」
わたし「(大爆笑)……もちろん! 君たちがトランプを熱烈に愛したのと同様に!」
彼「はははは」
わたし「はははははは」
彼「もちろん、コリアンのほとんどはアベを嫌ってた。慰安婦問題に対する彼のスタンスゆえに」
わたし「だろうね」
彼「あと、彼がPMになってから、韓国のエンタテインメントが日本に入りづらくなったと思う」
わたし「それはすまなんだ」
彼「まあ、時間の問題だったとは思うけど。それでも、そのプロセスをスピードアップしたのがアベであることは間違いない」
わたし「それにしても、さっきの"アベのことは好きだった?"は最高のパンチラインだった」
彼「確かめないわけにはいかないと思ったからね。とにかく君が犯人でなくてよかったよ」
わたし「殺すわけないやん。選挙直前にアベを殺したら、右側が有利になるだけやで」
彼「確かに」
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エスニシティはコリアンだが、感性はやはりアメリカ人。
彼が「韓国のエンタテインメント」と語る時も、「俺たちの!」ではなく「俺が関わっているビジネスとしての」というスタンスに聞こえた。わたしが知る限りアジア系アメリカ人の多くがそうであるように、アジア各国の揉め事を遠くから、静かに冷静に見つめているタイプだ。
偏狭な韓国ナショナリズムから自由であると同時に、アメリカ人でありながら血湧き肉躍るアメリカン・ペイトリオットイズムも皆無で、むしろ「韓国と日本と中国が相争うのは、アメリカを利するだけだと思うんだがなあ」と呟いたりする。このあたりもやはり、わたしが知るアジア系アメリカ人に多い、ごくごく理性的な態度である。
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では。韓国と同様に一時は大日本帝国の植民地となりながら、日本に対する態度が韓国とはだいぶ違う国ではどうか。つまり、台湾こと中華民国だ。
こちらもまた、わたしから「安倍晋三をどう思う?」と質問したのではない。そのとき考えていたのは水道橋博士と乙武洋匡(ひろただ)、今回の選挙で好対照の結果となった二人のことである。
前者は政党に所属して比例制で立候補して当選、後者は無所属にて東京都選挙区に出馬して落選。個人的なつきあいがある博士のことより、乙武のことが気になった。過去には自民党候補として出馬を検討し、今回は今回で「ひろゆき」や堀江といった立ち位置がいささかアレな"論客"を応援演説に呼び。こうした行動を見るに、彼は自分自身のパブリック・イメージをわかっていないのではないかと思う。落選決定後の「手も足も出なかった」というコメントは見事だったが。
何より不思議なのは、全国区の知名度がありながら、東京都選挙区を選んだことだ。全国行脚に多大な苦労が予想されるからか? とすれば、遊説なぞ一度もしないで当選したガーシーが乙武の考え方を変えるかどうかが見ものである。
ここでわたしが思い出したのが、我が友人のフレディ・リム(林昶佐)だ。台湾のへヴィメタル・バンド"ChthoniC"こと閃靈樂團のシンガーにして、同国の国会議員。これまた全国区の知名度がありながら、そして時代力量(New Power Party)という――妙に90年代のプリンスっぽい名称の――政党の代表(当初)でもありながら、なぜか過去2回とも「台北市第5区」という一地区からの出馬だったのだ。
あれ? 台湾にも比例制はあるよな?
そう思ったわたしは、ChthoniCの関係者である台湾人に質問してみた。
彼女は、台湾には「不分區立委」という仕組みもあり、そこでは個人ではなく政党に投票するのだ、と説明してくれた。つまり、やはり比例制があるのだな。ではなぜ、フレディ・リムはその「不分區」で出馬しなかったのか……と問う間もなく、彼女は言った。
「安倍さんが亡くなって悲しいです」と。
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出た〜!
日本をやたらと持ち上げる台湾人クオリティ!
以下、その情報提供者と、ちょっとミーンな気分になったわたしのやりとりである。
わたし「なぜ? 安倍晋三はミニ蔣介石みたいなものだし、彼の自民党は台湾でいえば國民黨(国民党)みたいなものよ」
彼女「それはわかってる。でも安倍さんはコロナのワクチンを台湾に送ってくれたから」
わたし「ああ、なるほど!」
彼女「それに、”台湾民主化の父"こと李登輝だって元は國民黨だし」
わたし「ああ、フレディ・リムのお師匠さんね。でも李登輝は李登輝、安倍晋三とは違うよ」
彼女「確かに安倍さんは裁判を受けるべきだったとは思う。でも暗殺されるなんて」
わたし「なんにせよ、昨日の選挙では自民党が大勝したよ」
彼女「日本の若い層がもっと積極的に投票することを祈ってる」
わたし「ところで、台湾では國民黨政権時代でも大支みたいなアーティストが問題なく活動してたよね? でも最近の日本では、反体制派のミュージシャンやタレントは干されるみたい」
彼女「それはまずいね、変えないと。安倍さん事件で人々が考え直すといいけど」
わたし「どうかな。安倍が権力を握る前はもっと自由があったからね」
彼女「それでも日本は民主主義。みんなが望めばなんでも変えられるでしょ」
わたし「自民党は憲法から基本的人権条項を削除しようとしてるんだけど」
彼女「うわあ、最悪だ……」
わたし「自民党が目指しているのは、台湾や韓国を支配していた頃の日本への回帰だね」
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先に挙げた大支とは、「台湾ヒップホップ界の菩薩」と称されるハードコア人道派ラッパーだ。フレディ・リムとはジャンルを超えた盟友どうしで、ヒップホップmeetsメタルな共演曲もある。
なんというか、リベラルを通り越してレフトに近いヒップホップ・アクティヴィストなのだよ。そんな大支ですら、アベちゃんに関して「台湾は真の友を失った」と追悼文を投稿する始末。大支とは逆に國民黨支持派のラッパー、Wes Taipei Rhymer(通称:わたなべくん)もアベちゃんを悼んでいた。
ここでふと、フレディ・リムは安倍晋三をどう評価するのか……と思ったが、本人に質問するのはやめた。自身が政治家である以上、回答に窮するかもしれないから。ここで苦労させるよりは、いざという時に協力してもらう方が得策である。以前も頼んだように。
2005年の香港映画で『SPL/狼よ静かに死ね』という作品がある。リアルタイムでどう感じたかは覚えていないが、いま思い返すと……長らく裏方生活が続いていたドニさん(ドニー・イェン)にとってはひさびさの主演作だったのだな。
邦題にあるSPLは、原題『殺破狼』をアルファベットで表記した"Sha Po Lang"の頭文字だ。その殺破狼とは、中華式占星術におけるワイルドカード的な三つの星、「七殺星」「破軍星」「貪狼星」のこと。彼の地のアストロロジーにおいて、これら「七殺星」「破軍星」「貪狼星」は人生に超弩級の影響を与えるが、その位置によって吉凶のどちらにもなりうるという。
実際、この物語でドニー・イェン演じる主人公は正義感が強い刑事だが、勢い余ってドラッグディーラーを激しく殴打、脳に障害を持つ路上生活者にしてしまった……という悔やみきれない過去を持つ。一方の敵役、サモハン・キンポーはマフィアのボスで非情極まりない人物。しかし、家庭内では子煩悩ないい父親なのだ。
安倍さんは、いい人、だったと思います。だから、多くの人から愛された。
麻生太郎のような傲慢も、橋本龍太郎のようなキザさも、小泉純一郎のような変人ネスも、田中角栄のようなモンスター・スペックも持たない安倍晋三。会う機会はもちろんなかったが、個人レベルでは相当ないい人なのかもしれない。だが……
2パック信奉者の多くがそうであるように、わたしも『君主論』を読んだクチだ。わたしの場合、気取って革張りハードカバーの洋書(英語)を買ったために苦労するはめになったが、「政治を道徳から切り離して考えるべき」という部分はわかった。
政治家個人の「善人」としての評判も。
ミネソタ州知事時代のジェシー"ザ・ボディ"ヴェンチュラ(現・緑の党)が、時の大統領クリントンの不倫について語った時の言葉は、今もわたしの記憶に焼き付いている。
「大統領の不倫なぞ知ったことではない。だが、あれ(ホワイトハウス)は我々国民が彼に貸している家だ。不倫するなら別の場所でしろ」
同様に。仮に、わたしが80年代から90年代のフランスに生きていたとしよう。フランソワ・ミッテラン大統領に隠し子(オープン・シークレット?)がいようがいまいが、「それが何か?」である。50年代までの彼のキャリアにはいろいろ疑問点があるものの、大統領として有能だったことは否めないだろう。
ここ日本に目を戻すと。今井絵理子が略奪婚を企んでいようが実行中であろうが、それも我々国民には関係ないことだ。問題は、彼女が政治家として有能とは思えないこと、自分自身の考えがあるのか否かも不明であること、自民党がエンタテインメント業界との近しさをアピールするときのファサードに過ぎないと思われること、である。
極論するなら政治家は人間ではなく政治家であって、人格への評価は極力無視すべきだと思う。
振り返れば、特に安倍晋三は。
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雑感その1。
何をどう読み違えたら、こんな世迷いごとを言えるのだろう。たぶん、ポリティカル・コレクトネスの意味も知らないのだと思う。
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雑感その2。
選挙演説中に凶弾に倒れた政治家を国が正式に追悼することで、暴力に屈せず、言論の自由を守り、民主主義を守っていこうとする意図を「国家として示す」という理路だと思いますけど、それがわかりませんか?
確かに演説自体は言論だが、権力は――必要な場合だとしても――立派な暴力。その暴力を支える暴力としてlaw enforcementが存在し、人はそれを暴力装置と呼ぶのではなかったか。
とはいえ、戦後の日本で最も長く暴力装置の元締めをやっていた人物だからといって、殺していいという理屈にはならない。
殺していけない理由は一つ。ベンジャミン・シスコ司令官が言い切ったように「死人は反省できない」からだ。
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雑感その3。
うわあ、自己演出が華々しい!
とはいえ、生者が死者を利用するのは世の常、高市ばかりを責められないのだが。