丸屋九兵衛

第49回:イーロン・マスクの日本滅亡警告と、あなたの心に住む「つるの剛士」について

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 我が友人が経験したことから始めよう。

 彼が住んでいるのは東京都北部、埼玉県とのボーダーランドにあるマンション。本人は「閑静な住宅街」と形容するが、何かの冗談だと思う。その立地は高速道路からほど遠くないから。
 総戸数は30前後というところ。つまり、小型マンションだと思った方がいい。だからこそ、「ビッグコミュニティ!」が売りの大型マンションにはない事態が発生するようだ。

 毎年、所有者の中から数名で構成される「理事会」なるものが選出されるのだが、理事会の年度を締めくくる住民総会で賃貸オーナー(所有者ではあるが居住者ではない)の一人が「理事報酬が高すぎる」と文句を言い出し、その年の理事が「気に入らなきゃテメエが理事になって役員規約を変えてみろ!」と凄む……という修羅場まであったらしい。
 そんなことを教えてくれる我が友は総会に出席するマメな人物、という証明でもあるのだが。
..............................................................
 ある日。
 そのマンションのゴミ捨て場に「非文明国人へ」と題した貼り紙が出現した。曰く「空き缶入れにチリ紙を捨てるな!」。貼り紙の主は清掃担当の人という。
 これは青天の霹靂!
 ……というわけではないらしいのだ。

 1〜2年前から、●階に外国人が――しかも「特別永住」ではない、とても異質なエイリアンが――住み始めた。部屋の所有者(たぶん日本人)が賃貸に出しているのだろう。それ自体は問題ないにしても、その前後からマナーもルールも無視して捨てられたゴミが散見されるようになった。
 だから、「外国人居住者」と「無法なゴミ捨て」を結び付けて考える向きも現れた、と。
 推理するのは自由である。心の中で「犯人だ!」と叫ぶのも自由である。しかし、その推理を紙に書いて貼り出したりツイートしたりとなると、全くの別問題だ。

 要するに、「非文明国人へ」以前にも同種の貼り紙が見受けられたらしいのだ。例えば……
「カンの容器に生ゴミを捨てるヤツがいる。日本人がするとは思えない。●階の住人ではないか?」
 ……ワオ! 「それは外国人」と決めつけて拡散! ちょっとした「つるの剛士」メンタリティ!
 
 だが、我々はいつまで「つるの」でいられるだろう?
 つまり、無邪気なゼノフォビアを撒き散らすのはいつまで続くだろう?
 この滅びゆく国で。
..............................................................
 15年ほど前だったか、サラリーマン時代のことだ。出版セクション内の会議で、別の雑誌を編集している同僚が言った。
「どう考えても、日本に明るい未来はないわけです。少子化と高齢化が進む一方ですから」

 つまり、イーロン・マスクが「いずれ日本は消滅する」と言い出すよりだいぶ前に、わたしは警告を受けていたわけだ。その時までのわたしは日本の未来なぞ気にしたことがなかったので、自分たちがいわば「絶滅危惧種」であることに気づいて興味深く思った。
 先のように発言した同僚も、未婚というより非婚で婚外子もいない。「日本の根性を叩き直しちゃる!」という激情発言とは正反対で、「無茶な若年層取り込みを夢見るのではなく、中高年に向けてしっかり売っていきましょう」という現実主義――ある種の諦観とも言える――からの魂ネイションズ的なマーケティング提言の一環だったと記憶している。
 もちろんわたしも非婚主義だし、そもそも子供は嫌いだ。そして、わたしが知るかぎり、「次の世代を産み育てるつもりはさらさらなく、ひとりで生きて老いて死んでいこう」という気分は、この国のあちこちに見受けられるような。
..............................................................
 一方、アメリカでは『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』が現実のものになりつつあるように思える。
 事実上、さまざまな州で中絶手術の非合法化が進んでいるから。

 彼女の身体は彼女のもの。誰がなんと言おうと彼女のもの。
 1973年に「ロー対ウェード裁判」で、中絶を禁じるテキサス州法を違憲として以来、当たり前だったはずの掟だ。昨今、それがアメリカ各地で葬られている。州単位ではなく連邦最高裁判所というレベルでも、「ロー対ウェード裁判」を覆す草案が書かれ、回覧されたとか。
 もっとも、中絶手術に配偶者同意を必要とし、長年にわたって「おまえだけの体じゃないんだから」と呪文のように唱え、乳がんコンシャスネスを高めるはずのピンクリボン大賞でも「おまえひとりのおっぱいじゃないんだぞ」と言い放ってきた日本人がどうこういえた筋合いではないのだが。

 ただ、アメリカにおける中絶禁止令連発の背景にあるのは、宗教方面での原理主義傾向だけではないように思う。この禁止令を推進する共和党の白人男性たちを突き動かしているのは、ゼノフォビアとパラノイアではないか。
..............................................................
 つい先頃、5月半ばにニューヨーク州バッファロー市で起こった銃乱射事件では、狙撃された13人のうち11人が黒人だった

 犯人は白人至上主義者(ということは、残り2人の白人は流れ弾の犠牲?)で、"Great Replacement"もしくは"white replacement theory"と呼ばれる陰謀論に突き動かされての行動だったらしい。フランス発祥の同セオリー、アメリカではFOXニュースのタッカー・カールソン――ホモエロティックな宣伝動画により、意図せず話題となった男――によって拡散されたもので、乱暴に嚙み砕くと「移民は子だくさんだから、あっという間に白人を追い抜いてマジョリティになる」「彼らの侵略を防がなければ」「既にアメリカは乗っ取られつつある」という陰謀論だ。KKK的であり、桜井誠の香りもする、そんなセオリー。

 発祥の地フランスではムスリムの増加を念頭に置いたものだったが、アメリカでの「侵略者」はムスリムでありラティーノであり、そして黒人でもあるのだろう。ムスリムはともかく、アメリカ南西部はもともとメキシコ領だったし、黒人に至っては「誰が連れてきたんじゃ」と問いたくなるのだが。

 人種ではなく民族によって、つまり体質や遺伝子ではなく文化的背景によって出生率が違うのは事実だ。だからこそ、北アイルランドは程なくアイルランドと再合体すると思われるが、その話はまたの機会にしておこう。とにかく、ほとんどの右翼を突き動かしているのは「移民の増加で自分たちが少数派になる」ということへの恐れと被害妄想。
 では、ここ日本において仮想「侵略者」がいるとしたら誰なのか、我々の内なる「つるの剛士」は誰を恐れているのか。
..............................................................
 埼玉県川口市は、外国人が総人口60万弱の約6.4%(4万弱)を占める地域だ。在留外国人比率は日本最大とも聞く。自分の交友範囲に影響されたわたしは「川口といえばムスリム大国」と思い込んでいたが、豈図らんや、最大グループは2万強の中国人だった。
 我々日本人が恐れる相手が曖昧な「アジア」からやってくる「侵略者」なのだとすれば、その筆頭が中国なのは当然だ。単純に考えて、彼らは我々の10倍強もいるから。

 中国人が多いことで名高いのは、住民約5000人の半数強を外国人が占める芝園団地というところらしい。同団地の様子を伝える記事から見えてくるのは、もはや不可避であろう「超高齢化する日本人たちと外国人住民との共存and/or共生」という道。
 とはいえ、この芝園団地は、そのまま日本の未来予想図というわけでもなさそうだ。
..............................................................
 というのは。
 当の中国でも、若い世代は子作りにも結婚にもさほど乗り気でないようなのだ。まるで我々のように。
 先日のニュースで読んだのは……熾烈極まる上海のロックダウンの中、警官が住民に対して「命令に従わなければ、その罰は3世代にわたってあなたの一家に影響する」と脅すも、「僕たちは最後の世代だから」と極めてクールにいなした若者がいた……という記事。「子供を作る気などない」と。まるで我々のように。

 中国が長年の一人っ子政策を取りやめ、「二人までOK」となったのが2016年。どうにも止まらない出生率減少を受けて「子供は三人まで可能」となり出産が奨励されるようになったが、数十年間も事実上「子供は最大一人」と言われ続けてきたのに、とつぜん「産めよ増やせよ」と言われてもなあ。
 政府の愚策により歪んだ年齢構成のおかげで、我々よりもひどい高齢化社会の到来を待つことになりそうな中国。十数年前は「百年の計をもって国家を運営しているのは中国だけ」と評する人もいたが、「どこに百年の計があったのか」と問いたいものだ。
 かつて、あまりにオゲレツなラップで全米を震撼させ逮捕者まで出す騒ぎ(しょっ引かれたのはレコード店員である。かわいそうに……)を起こしたマイアミ拠点のラップ・グループ「2ライヴ・クルー」は、メンバーに中華系ジャマイカンがいることで異彩を放っていた。件の中華系ジャマイカン、フレッシュ・キッド・アイスは「もともと我々アジア系はとってもセクシュアルな民族なんだ。中国を見てみろ、あの人口を!」という名セリフで知られる偉人だが、その発言は考えてみれば20年以上前のものである。
 

 

 香港人からは「イナゴ」と嫌われる中国大陸人たちが、実は我々同様に「絶滅危惧種」となっているとは。当の香港人同様に。マカオ人同様に。台湾人同様に。シンガポール人同様に。韓国人同様に。
 とりあえず先輩として言っておこう。超高齢化クラブへようこそ。
..............................................................
 ますますもって日本の未来図は見えなくなってきたが、最後に。友人が住む東京都北部のマンションに話を戻そう。

 興味深いのは、件の「非文明国人へ」貼り紙が出現した数日後の展開。その脇に、こんな紙も貼られたというのだ。
 曰く、「当人は日本語が読めないのでは? そしてゴミの分別を知らない可能性もあります。この問題、本気で解決したいなら、大家さんに連絡してみてはどうですかね」。

 ルール無視でゴミを捨てているのが「●階の住人(外国人)」かどうかはさておき、その貼り紙が彼に宛てたものであり、しかし、肝心の彼が日本語を読めないとしたら。貼り紙は当人を置き去りにしたまま、それを読む日本人たちのバブルの中でヘイトを増幅させることになる。最悪だ。それよりも、とりあえずは話しかけることから始めるほうがだいぶいい。
 それが第一歩なのだと思う、たぶん。