丸屋九兵衛

第52回:職務質問THEN&NOWから広がる、「大麻使用者はラテン系の服装を好む」考

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 かつては「六本木の(被)職務質問王」と呼ばれたわたしも、気づいてみると、今年はここまで一度も職務質問を受けていない。それどころか、昨2021年も、その前の2020年も、職務質問皆無である。どうやら最後にストップ&フリスクされたのは2019年9月らしい。

 年間15回――つまり1ヶ月平均1.2回だ!――を記録した最多記録イヤーである2014年と比べると、えらい変わりようである。これにはいくつか理由があって……

 まず、
●2020年のある時点以降、コロナ時代の特殊性が警官たちの脳内にある「怪しい外見」の定義を変えた
 という社会の変化がある。

 一方、個人的な事情として、
●2019年3月末日をもって六本木にある会社を退職。東京有数の職務質問頻発地域に近寄ることが激減した
 という件もある(退職自体は「会社都合」扱い)。

 2014年が最高到達点だったことも、再検証する必要があろう。
 というのも、この2010年代半ばから、わたしの服のセンスが「モード化する元デブ like ファット・ジョー」と言おうか……ヒップホップを外側から見ている人たちが考える古典的な「ヒップホップ・ファッション」からほぼ完全に離れ、『ゲーム・オブ・スローンズ』に触発されたコスプレ風味とストリート・ラグジュアリー(自分でゆうてても何か間違うてる気がするわ)系が合体した独自路線を歩んでいるのだ。

 服装は道行く人に対して大声で語りかける。特に、相手が警察官の場合は。

 いや、警官のみならず、一般人に対しても。
 ジャッキー・チェンとマイケル・ホイとルイス・クーの『プロジェクトBB』(2006年)でも、『ストリートファイター ザ・レジェンド・オブ・チュンリー』(2009年)でも、ザコ犯罪者は決まって「外側から見ている人たちが考えるヒップホップ服」だった。あの手のヒップホップ・ファッションは全盛期――90年代末から00年代前半――を過ぎても、小悪党の記号として存在感を発揮していたわけだ。皮肉にも、『プロジェクトBB』だと、本物の犯罪者は主人公たちなのに……。

 そんなところに届いたのが、「大麻使用者はラテン系の服装を好む」という知らせである。

 被告に職質をした理由の一つとして、警察官は法廷で、「(被告が)大麻使用者が好むラテン系の服装だった」ことを挙げた。
 さらに、「大麻使用者はラテン系の服装を好む」という認識について、警察官は「以前勤めていた機動警ら隊で教養を受けた」と公判で発言。被告の弁護人が「機動警ら隊でそういう教育をしているんですね」と再び確認すると、警察官は「あくまでも参考情報にはなります」と説明し、認めた。
 一方、弁護人が「群馬県警では、ラテン系の服と大麻取締法は強い関係があるということを共通認識として持っているということでよろしいですか」と尋ねると、警察官は「強い関係とまでは言えないと思います」との見方を示した。
「ラテン系の服装」が具体的にどのような身なりを指すかは、法廷では明らかにされなかった。

 そう、そこが問題だ。
 日本人が考える「ラテン系」とは何なのだ?


■いきなり挿話:レゲエ奇譚

 業界内のスモールトークには用心したほうがいい。

 もう10年以上も前のこと。音楽雑誌の編集陣と執筆陣が集まって世間話をする中で、「最近はラテン音楽の勢いがすごいですよね。レゲエも含めて」と発言した人物がいた。
 その席にはアメリカからの帰国組が多かったせいか、一瞬、空気が凍りつく。それでも皆さん充分に大人だったので何とかやり過ごし、次の話題に移っていったのだった……
 なぜ凍りついたのか?
 レゲエがラテンの文物でないことは常識だからだ。世界的にも業界的にも。

 レゲエはジャマイカ起源の音楽である。確かに、その植民地ヒストリーにとって最初期にあたる1509年からの150年ほどはスペイン領だったジャマイカだが、1655年からはイングランド(のちにUK)領となり、続く約300年は同王国の植民地だった。1962年に独立したが、今でもUKと同君連合(つまり"Commonwealth"のrealm)。つい最近まではエリザベス2世を女王として頂き、今ではチャールズ3世がHis Majesty Charles the Third, by the Grace of God, King of Jamaica and of His other Realms and Territories, Head of the Commonwealthとしてジャマイカ国王を務めている。
 英語圏の国であり、アングロ・アメリカもいいところなのだ。

 例えば。ボブ・マーリーをはじめとするレゲエのアーティストを多数送り出した「アイランド」というレコード会社がある。創業者クリス・ブラックウェルは植民地時代のジャマイカ生まれであるがゆえに「アイランド」と名付けたのだろうが、彼自身はUK籍のユダヤ人。『007』の著者イアン・フレミングが好んで滞在した――どころか、1年の半分をここで過ごし、その間しか執筆活動をしなかったらしい――別荘地はブラックウェル一族所有、もちろんジャマイカにある。
 そんなジャマイカがラテンなわけがなく、レゲエも断じてラテン音楽ではない。
 一部の音楽評論家の知識は信用してはならないとの思いを強くした事件だった。

 ビヨンセがクレオール・アイデンティティを語った時に「クレオールは黒人と白人の混血ということですよね」と粗雑極まりない解釈を披露した音楽評論家もいたっけ。名料理長ジョゼフ・シスコが聞いたら激怒すること間違いなしである……。


■すべてのラテンはローマに通ず

 Latinという言葉は、古代ローマが建設されたテヴェレ川の左岸の地域の名"Latium"――英語ではレイシャムやレイシーアムと発音するからビックリである――に由来する。
 だから、ラテン界の本家本元にして元祖家元はイタリアのはずだ。
 しかし、わたしが見る限り、アメリカ合衆国を中心とした現在の英語圏で、ラテンという言葉が示す範囲の中心は決してイタリアではない。

 もう何年も前のDJ・キッド・カプリのインタビュー記事を思い出す。彼は「ヒスパニック」と呼ばれて「違う、俺の母はイタリア系だ!」と訂正した後で、「もちろんウチの一家はラテン・コミュニティに貢献してる」と付け加えていたが……彼が指すラテン・コミュニティとはどこからどこまでだろう?

 もう一つ思い出したのは、ジャンカルロ・エスポジートのことだ。
 かつてはスパイク・リー作品の常連だったが、今では『ブレイキング・バッド』と『ベター・コール・ソウル』を経て、『ザ・ボーイズ』の煮ても焼いても食えないスタン・エドガー社長!
 そんなジャンカルロが2007年に出演したのが『Feel the Noise』というレゲトン映画である。主演はオマリオン。そう、レゲトン映画なのにオマリオン。逆『イン・ザ・ハイツ』というか……いや、むしろそのまま『イン・ザ・ハイツ』なのか? とにかく、「アメリカ黒人青年、プエルトリコに行く」という設定だから救われているものの、今では試みづらいキャスティングではある。
 そのオマリオンの父親を演じるのがジャンカルロ・エスポジート。しかしだ。07年当時、オマリオンに取材していてジャンカルロの話になったが、オマリオンは「ジャンカルロはスペイン語圏の人」と思い込んでいたらしく、ヒスパニック云々と言い出した。わたしが「イタリア系とちごた?」と指摘すると、オマリオンは一瞬沈黙の後でパチッと指を鳴らし「そうだ、イタリアンだ!」と明るく訂正するのだった。
 つまり、ジャンカルロほどの存在感がある人物でも、出自を知るはずの共演者の脳内で「ヒスパニック」と誤って上書きされてしまうのだ。これほどにイタリア系はラテン界で影が薄い。本家本元にして元祖家元なのに。


■そしてラテン(諸語)が残った……

 Latiumに建設されたローマ市から巨大に拡張し、地中海世界一帯を統べることとなったローマ帝国。それが国家として崩壊した後も、各地に建設された植民都市のローマ文化は残った。徐々に形を変えながらも。
 なんと言ってもローマ帝国の言語であるラテン語。それは各地でそれぞれに訛り――訛っていない言葉なんて存在しない――主に国境という政治的要因によって別々の言語として認知されるに至った。それがイタリア語、そしてフランス語、ロマンシュ語、スペイン語各種、ポルトガル語。さらにルーマニア語。
 その意味でラテンとは、インド・ヨーロッパ語族イタリック語派ロマンス諸語を話す地域全てに当てはまるタームのはずなのだ。
 注目したいのはルーマニアだ。その国名自体、英語ではロマニアであり、ローマに由来することは一目瞭然。ただし、それが「血統」「人種」「民族」としてのローマ(系)を意味するとは限らないのも事実である。

 ラテンという言葉は意味する範囲はかように広い。だが、先に引用した警官が言う「ラテン系」が、これら「ヨーロッパのラテン語系諸語を話す地域」だけで収まるのかどうか。
 いや、それは「ラティーノ」かもしれないと思うのだ。となると、ますます話がややこしくなる。
(次回へ続く)