梅雨の晴れ間の昼下がり、仕事のやる気が出ずに近所の公園をトボトボと散歩していたら、ハトが自分と同じようにあてもなくトボトボと歩いているのが見えた。
ハトという鳥は地面を歩くとき、頭をやたらと激しく前後させる。木を穿つキツツキに似た動きだが、こちらは宙に向かってやっている。なぜそんなことをするのだろう。そんなに頭を振っていて視界がブレないのだろうか。それともハトは脳を揺さぶって現実から目を逸したいのだろうか。ヒトにはわりとそういう時期があるが。
調べてみると、藤田祐樹『ハトはなぜ首を振って歩くのか』(岩波科学ライブラリー)というピンポイントな本があって笑ってしまった。どうやらハトの首の動きへの疑問は、本のタイトルにできるほど世間に共感され、かつ一冊の本にできるほど深い問題であるらしい。
内容を簡潔に言えば、ハトが首を振っても視界は揺れない。というよりも、視界を揺らさないために首を揺らしているらしい。歩いて体が前に進んだ分、頭を後ろに下げることで視界を安定させる。その動きを断続的に行うので、結果的に頭を振るような挙動になるのだ。
言ってしまえばそれだけなのだが、著者は何もハトにインタビューをして本書を著したわけではない。この結論は1975年にフリードマンという科学者によって示されたもので、ハトを箱の中に入れて、壁に描かれた景色だけを動かしたり、逆に足場だけを動かすことで、視角が首振り運動に関与していると示した、とのことである。
「ハトは視界を動かさないために首を動かしている」という簡潔で美しいな説明はうっかり鵜呑みに(ハトなのに)しそうになるが、それは天から降ってきた事実ではなく、実験で少しずつ検証されていく仮説なのである。そうした検証を誠実に書けば、「ハトはなぜ首を振るのか」という小さな疑問も一冊の本になるのだ。情報が断片化されていく現代だからこそ、公園のベンチに腰掛けて、こうした本を読んでみるのもよいのではないだろうか。
とりわけ感銘を受けたのは「ハトはなぜ首を振るのか」の次の章に「カモはなぜ首を振らないのか」が議論されていたことである。その公園には池があってカモも住んでいたが「カモが首を振らないのはなぜか」などとは考えたことがなかった。
これはヒトたる自分が、歩く時に首を振らないからだ。なにかにつけて自己中心的な我々人類は、ヒトと同じであれば特に理由は必要ない、と思ってしまう。だがカモにとって比較すべき相手はどう考えてもヒトではなくハトである。こうした視点を忘れずにいたい。