妖怪は、漫画やアニメ、小説、ゲームなど、現代のさまざまなメディアに登場している。人間に災いをもたらす恐ろしい妖怪もいれば、人間の友達として日常の暮らしに溶け込む妖怪もおり、その造形もヴァリエーション豊かだ。
そんな現代の妖怪ブームのルーツの一つとなるのが、江戸時代の浮世絵であろう。鬼や河童、天狗、化け猫など、今でも人気の妖怪たちも登場するが、その多くが、豪胆で剛力な武者によって退治される忌まわしき存在として描かれているのが特徴的である。
浮世絵において、最も多く描かれる妖怪は鬼である。その歴史は古く、菱川師宣によって一枚摺の浮世絵版画が誕生した17世紀終わり、まだ墨一色でしか摺ることのできなかった時代の武者絵に早くも登場している。
初代鳥居清倍の「羅生門」(図1)は浮世絵版画の黎明期の味わいが漂う墨摺の作品だが、ここに登場する鬼は、羅生門の鬼。明治時代まで脈々と浮世絵に描き続けられるほど広く知られた存在である。
時は平安時代中期。渡辺綱という武者が、平安京の正門である羅生門(羅城門)に鬼が棲むという噂を聞き、それを確かめようと単身赴く。訪れた証拠として禁札を立てようとしたところ、角を生やした悪鬼が突如姿を現した。図は、柱にしがみついた羅生門の鬼が、綱の兜を頭上から鷲掴みにした瞬間である。筋骨たくましい鬼の体を捉えた太い線は、荒削りながらも、綱に襲いかかろうとする勢いを見事に演出している。
一方、綱も鬼に力負けすることなく、鬼の腕を片手で押さえ、抜いた刀で鬼の腕を切り落とすチャンスを狙っている。
さて、浮世絵で最も多く描かれた鬼と言えば、酒吞童子である。大江山に棲む酒呑童子を退治するため、源 頼光と配下の四天王(そのうちの一人は渡辺綱)、独武者である平井保昌の一行が、山伏の装いで酒呑童子の屋敷を訪れる。頼光たちは酒吞童子に酒を飲ませて酔い潰れさせ、その隙を突いて首を切り落とし、見事に退治するというあらすじである。
酒呑童子の物語はさまざまな浮世絵師が題材にしているが、最も迫力のある一枚を描いたのは、歌川国芳の門人として武者絵の優品を手掛けた歌川芳艶であろう。
「大江山酒吞退治」(図2)は、首を刎ねられた酒呑童子が、首だけになっても頼光たちに襲いかかってくる最後のクライマックス場面である。画面の中央、全体の三分の一を酒吞童子の巨大な首だけで埋め尽くす何とも大胆な構図だ。頼光たちは怯むことなく、酒呑童子に止めを刺そうとしているが、口から炎のようなものを吐きながら敵をにらみつける酒呑童子のラスボス然とした表情を見ると、本来の結末通り、ちゃんと退治できるのか心配になってくる。
人間から恐れられる悪しき存在である鬼。浮世絵師たちの筆により、鬼への恐怖心はより一層リアルなものとなるのである。