小学生の夏休みの宿題としてよく出される朝顔の観察日記。朝顔は夏の季節、早朝に花を咲かせるが、昼前になるとしぼんでしまうため、花の成長を観察するにはもってこいの教材だろう。
江戸時代も朝顔は身近な花の一つで、季節になると朝顔売りが朝顔の植木鉢を町中で売り歩くほどであった。
浮世絵に朝顔が描かれる場合、朝の生活の一コマの中にしばしば登場する。喜多川歌麿「娘日時計 辰ノ刻」(図1)は女性たちの一日の生活を時刻ごとに切り取ったシリーズで、辰の刻は現在の午前七~九時頃、朝の時間帯にあたる。
右側の女性は今しがた起きてきたのだろう。寝ぼけまなこで髪も乱れ、胸元もはだけている。口にくわえているのは房楊枝という江戸時代の歯ブラシ。一方、左側の女性は一足先に目が覚めたようだ。顔を洗ってさっぱりとした表情で、肩には手拭を掛けている。
何気ない早朝のワンシーンだが、注目すべきは彼女が手にしている小さな植木鉢だ。青い朝顔が二輪、綺麗な花を咲かせている。大事そうに持っているところから察するに、朝顔が花を咲かせるのを楽しみにして早起きしたのだろう。もしかすると花が開く瞬間も見届けたのかもしれない。起きてきたばかりの女性に向かって、綺麗な花を咲かせたよと話しかけているようだ。
朝顔への眼差しで、女性たちがどのように朝のひと時を過ごしているかが読み取れるのである。
さて、このように暮らしの身近にあった朝顔であるが、文化・文政期(1804~30)と嘉永・安政期(1848~60)には「変化朝顔」の栽培ブームが起きた。
変化朝顔とは、突然変異で花や葉が奇抜な形となった変わり咲きの朝顔のことだが、好事家や植木屋たちが珍しい朝顔を咲かせるためにこぞって自然交配を重ねたのである。優劣を競い合う品評会が催され、珍しい朝顔を記録した画譜がいくつも刊行された。
変化朝顔を描いた浮世絵に二代歌川広重の「三十六花撰 東都入谷朝顔」(図2)がある。入谷(現在の東京都台東区)は十九世紀以降、変化朝顔を栽培する植木屋が多く集まる場所となり、現在では毎年七夕の前後に朝顔市が開催されている。
この作品は朝顔を栽培する植木屋を描いているが、画面手前の朝顔をよく見てほしい。上から紫色の絞り咲き、赤色の牡丹咲き、紫色の台咲き(花の中から花弁が噴き出したような形)、葉も斑入りとなっている。一般的にイメージされる丸咲きとは違う形であることが分かるだろう。このような珍しい朝顔の花々が愛好家たちを魅了したのである。
ただし、変化朝顔が浮世絵に描かれている作例はあまり多くはない。変化朝顔は一般の人たちにとっては必ずしも身近なものではなく、園芸好きたちの楽しみであったようだ。