モチーフで読む浮世絵

おじさん
消されたおじさん 愛すべきおじさん

今回のテーマは「おじさん」でしょ。なんで姉さんたち?! そう思われた方もおいででしょう。 この浮世絵は、職人たちを女たちに置き換えて見せているという趣向。 むさくるしくも、間抜けでお茶目、今回はそんなおじさんたちの作品を紹介します。
図1 喜多川歌麿「江戸名物錦画耕作 画師・板木師・礬水引」享和3年(1803)頃 シカゴ美術館蔵

 江戸時代の人々の暮らしが題材となることの多い浮世絵だが、必ずしもありのままの姿で描かれているとは限らない。
 喜多川歌麿「江戸名物錦画耕作 画師・板木師・礬水引」(図1)は浮世絵版画を制作する工程を紹介した作品である。
 右端で文机に向かう絵師が花魁の絵を墨一色で描き、中央にいる彫師たちが版木を分担しながら彫っていく。左は和紙ににじみ止めとなる礬水(膠と明礬の水溶液)を塗って乾かしているところ。これに続く別の作品では、摺師が和紙に絵を摺り、完成した浮世絵版画が店先で販売される様子が捉えられている。

 浮世絵版画が絵師一人だけの力ではなく、彫師や摺師など、さまざまな職人たちの協力によって完成することが分かる興味深い資料にもなっているのだが、登場する人物たちが全員女性であることに注目してほしい。
 もちろん女性の絵師や彫師も存在したであろうが、実際には男性の職人の方が断然数が多かった。それにもかかわらず女性しかいないのは、むさ苦しい男性たちを強制的に女性に置き換えることで、浮世絵だけの華やかな絵空事の世界を作り出そうとしたからである。

 現実の美化はこの作品に限ることではない。浮世絵には名所を背景に3名から10名程度の人物がそぞろ歩く様子がしばしば描かれるが、そこに登場するのはほとんどが女性。男性が描かれるにしてもカッコいい青年ばかりで、不格好な中年の男性が作品の主役になることはほとんどない。人口的にも男性の割合が高かった江戸の町だが、浮世絵ではしばしばおじさんたちが消し去られ、華やかな女性たちにばかりスポットが当たるのである。
 

図2 歌川広重 「東海道五十三次之内 鞠子」天保13年(1842)頃 シカゴ美術館蔵

  そのような中、中年のおじさんたちを生き生きと描いたのが歌川広重だ。広重と言えば、抒情豊かな美しい風景を描くことで有名だが、風景の中の人々を暖かい眼差しで眺めている点にも大きな特徴がある。

「東海道五十三次之内 鞠子」(図2)を見てみよう。この絵は、広重が何種類も描いた東海道の揃物の中で「行書東海道」と通称されるシリーズの一枚である。梅の花が満開の季節、鞠子宿(現在の静岡県静岡市駿河区丸子)の名物であるとろろ汁を販売する茶店の様子が描かれている。
 店先の床几に腰かけるおじさんたちに注目してほしい。右のおじさんは口を大きく広げてとろろ汁を頰張ろうとし、左のおじさんは酒のお代わりをもらおうと店員のおばあさんに「ちろり」を差し出している。
 ちょっと間の抜けた表情だが、親しみやすいキャラクターとして、おじさんたちはのどかな風景を演出する要となっているのである。
 もちろんこの絵も当時の風景をそのままにとは言えないが、とろろ汁に舌鼓を打つおじさんたちのにこやかな表情だけはありのままのものであったに違いない。