つい最近何を読んだかと言えば、アントニオ・タブッキ『とるにたらないちいさないきちがい』、辻仁成『父』、宮西真冬『誰かが見ている』、藤田貴大『おんなのこはもりのなか』、山崎ナオコーラ『母ではなくて、親になる』、グリム童話6つ、佐野洋子『親愛なるミスタ崔』などなどなのだが、実はまだどれも本にはなっていなくて、それぞれだいたい4月あたりに本の形になって、皆さんの目の前に現れる、いわば本になる前のサナギたち。ゲラと呼ばれる、紙の束で、巨大なダブルクリップや、少数にはなってきたけれど、こより紐で綴じられていて、開けばかなりのスペースをとり、電車など外ではとても読みにくい。仕事机や、床で、バサーッバサーッと読んでゆくと、周りの風景が消えて、汚い机の上も見えなくなって、心地いい。探しにいくのではなくて、仕事として与えられる読書がメインになってから、10年以上経ってしまったけれど、これはこれで、日替わり定食を楽しみにするような気持ちで、とてもいいことな気がする。ゲラを読んで、いろんな行程を経て、帯をデザインするとき、惹句がハッとする言葉だったりすると、神様の啓示のような、おみくじの「失せもの北西にあり」みたいな人生のヒントのような、今の自分を見るような気に(勝手に)させられるのもなかなか楽しい。
とは言っても、たまには綴じられた本を読む時間もあって、鞄にいくつか入れながら、時間の隙間に味わう。綴じられている本は(普通の本っていうことです)運びやすくて、読みやすくて、読んでる途中の場所もわかりやすくて、とても便利です。穂村弘『野良猫を尊敬した日』(講談社)はそんな隙間時間にとてもぴったり。最近のエッセイでは、穂村さんは今の穂村さんで、だいぶ大人の穂村さんだけれど、この本は長い時間連載されていた媒体がもとになっているせいか、久しぶりに(実際には会ったことはないわけだけれど)大学生の穂村さんや、会社員の穂村さんに会えて、懐かしい気持ちになりました。
それから今週はなぜか雑誌を欲した時期で、『Casa BRUTUS』『Harper's BAZAAR』『VOGUE JAPAN』『&Premium』など捲りに捲ってきれいなお洋服たちに癒されました。
日々たくさんの文章が、わたしの中を通り過ぎ、旅立っていくけれど、何度も何度も読み返すのは、川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』(講談社)の1ページ目、E・H・ミナリック&モーリス・センダック『こぐまのくまくん』(松岡享子訳、福音館書店)、山岸凉子『アラベスク』(白泉社、メディアファクトリー)の3冊。これらは文章(や漫画作品)だけれど、もうそれを超えて、わたしの薬のようになっています。読めばすぐに、くるんと膜のようなものができて、いい匂いで満たしてくれる、宝物。
そしてまた今、目の前に次のゲラがあって、大きなダブルクリップをお気に入りの位置に留め直し、本の形になるように、お手伝いを始めます。
file5.名久井直子・選:
未来の本、いまの本
穂村弘『野良猫を尊敬した日』、川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』、E・H・ミナリック&モーリス・センダック『こぐまのくまくん』、山岸凉子『アラベスク』
未来の本、いまの本
紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【名久井直子(ブックデザイナー)】→丸屋九兵衛(bmr編集長)→???