僕は基本的には美術家という肩書きで作品を作っています。大学で専攻して、現在、大学で教鞭をとっているのも彫刻専攻なので彫刻家ということもあります。ただ、実際にやっていることはいろいろというか、なんでもありというか、なんでもなしというか、一言で説明するのは難しいことです。
小学生の時には漫画家になりたくて、画力の問題で挫折し、中学生では映画監督になりたくて、コミュニケーション能力の問題で挫折し、高校生では音楽家に憧れたのですが、なんとなく挫折しました。
それで、そんな自分でもなれそうだなと思ったのが美術家でした。子供の頃に家にたくさんあった赤瀬川原平の本や作品集の影響もあったかもしれません。結局のところ自分には描きたい物語がなくて、具体的なものでできた抽象的なビジョンや、ものを作るというアクションがあっただけなのかとも思いますし、なんでもありで、なにでもなしというのを受け入れる場みたいなものが美術なのかもと思っています。
具体的にはあるものとものを組み合わせて、元とは違うものを作る、いわゆる“コラージュ”という手法を拡張しながら、絵、彫刻、写真、映像、パフォーマンスなどを作っています。
もの、イメージ、状況、場所、文脈、歴史、時間、人、思考、運動などいろいろとくっつけていくわけですが、そのような手法を拡張していくと、舞台や演劇もしくは建築という、美術や彫刻の外にある分野に近づいて行っているのではないかと、最近は感じていました。
コラージュの歴史を紐解くと、それは必ず通る道なのかもとも思います。
しかし、正確には感じるより先に、六、七年前から、チェルフィッチュの岡田利規さんからのお誘いで、舞台美術の仕事をするようになったことも大きな要因です。舞台は人や技術や物語の集合体で出来上がりますし、それらが連帯する場を作るのが舞台美術なので、それは建築にも近いと思います。
そういうこともあり、ついには自分で舞台作品を作ることにしました。今年の二月にTPAMというフェスティバルでパイロット版を上演し、十月に京都のKyoto Experimentというフェスティバルで拡大版を上演します。題材は、もともとは僕のドローイング作品で、その後に映像作品化し、最近では村田沙耶香さんの「コンビニ人間」の表紙にもイメージを使っていただいた「Tower」という作品です。縦長の箱状の建物に大小様々な穴が開いていて、そこから有形無形のものが出入りし続けるというもので、俳優、小説家、音楽家、パフォーマンスのアーティストなどと一緒に作ります。舞台美術として、箱状の建物を建築ユニットのdot architectsと一緒に建築のように制作するのですが、彼らから参考になるかもと勧められて読んだのが、建築家・原広司の昭和四二(1967)年の著作である『建築に何が可能か――建築と人間と』(学芸書林)です。僕は京都在住なので、京都駅の建築家として知っていましたが、「有孔体」という理論は知りませんでした。簡単に言うと、何かに孔が開いていて、有形無形のものの孔からの出入りの仕方を設計したものが建築であるということで、目から鱗でした。五十年前の本ですが、ある意味で複雑な0とも言える建築を考えることの難しさと、それでも受動的ではなく能動的に“作る”ということの意義について考えさせられます。粟津潔による装丁もかっこいいです。
年に二、三回、水木しげるの『河童の三平』(ちくま文庫)を読みます。そのことは僕の作品制作に直結しています。七月二二日から石巻で始まる「REBORN ART FESTIVAL」に参加するのですが、そこでの制作のために、また読みました。
『河童の三平』には壮大なスケールの時空間と、矮小な日常が同時に存在しているところが好きです。例えば“死”というものが当たり前のものとしてすぐ隣にあります。死神もお腹が減ったり、糞を垂れたりします。三平が生きている時も死んだ後も同じように切なく、笑えます。いつでも自分が、周りが生きて行くために創意工夫をし、それでいて生きて行くことと同じように好奇心も持っているところも好きです。
一度は諦めた音楽ですが、いつかCDなどで音楽作品を発表するときのタイトルは「音楽肛門」にしようと決めています。