丸屋九兵衛

第2回:リベラルと見える仏マクロン大統領、徴兵制度を復活させるの巻

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 I might be the most ignorantest ch!nk in this b!tch...(このあたりでいちばんイグノラントなんはワシかもな~)
 そう感じたのは三浦瑠麗のせいである。
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 「自分がイグノラントに思えた」というのは比喩でも冗談でもない。本当に無知なのだ。文化人やら「国際政治学者」やらに疎くて仕方ない。つい最近まで、山本一郎を「メロリンQ(山本太郎)が急激に老け込んだ姿」と信じていたし……。

 三浦に関して言えば、その名前「瑠麗」はリュウレイと読むものだとばかり思っていた。ルリだと知ったのは先月の話である。そのあとで発見した、Lullyというスペリング。瑠麗をルリと読ませて、Lullyと綴るとは……強引やなあ。
 こういう綴りの場合、そのuの音価としてまず予想されるのはf*ckやb*tt、st*dのu、つまりアとオの中間だ。その場合、Lullyはdully(だるく)と韻を踏むことになるわけだが、そうではなくbully(いじめ)と韻を踏むあたりに、彼女の本質が透けて見える気がしなくもない。
 だが、三浦の主張で面白いのは「平和のための徴兵制」提案だ。曰く、第二次世界大戦後、アメリカ、イギリス、フランスなどが起こしてきた戦争の殆どが、「血を流す兵士と異なりコストを意識しにくい政権と国民が民主的に選んだ戦争」であり、それに対する処方箋は、「血のコスト」を平等に負担することで国民のコスト認識を変えさせることである、と(以上、ほぼそのままウィキペディアから引用)。

 ああ、徴兵制よ。
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 わたしはK-POPファンである。だから、いつも徴兵制度というものについて考えている。
 特に、この2月末はキツかった。ついに、BIGBANGのG-DRAGONが入隊してしまったのだ。
 彼が配属されたのは、陸軍第3師団の名物集団「白骨(ペッコル)部隊」。その本部には金日成&金正日&金正恩への檄文が書かれた横断幕が掲げられており、兵士たちは常日頃から「北朝鮮軍に銃と刀を打ち込め」とシュプレヒコールを発するという……。

 しかしだな。この電子戦と非対称戦争の時代に、たかだか2年弱だけ軍隊でしごかれただけの素人が何の役に立つのか。

 例えばドイツを見てみよう。
 同国は長らく徴兵制だったが、2010年10月に連邦軍総監が「コンパクトで効率的で高性能の軍隊を造るためには志願制が有利」という報告書を提出。こうして2011年6月末に、ドイツは徴兵制に終止符を打った。
 本気で軍隊の質を追求するなら、これが道理というものだろう。
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 わたしの持論に「1億人の徴兵」セオリーというものがある。変な呼称だが、「人口が1億を超える国家に徴兵制はそぐわない(あっても真っ当に機能しない)」という理屈だ。実際、中国、インド、アメリカ、インドネシア、パキスタンといった十数億~2億クラスの大国たちは、揃いも揃って徴兵制を敷いていない……と言い切りたいところだが、2億を超えるブラジルと1億2千万ほどのメキシコが徴兵制を敷いているため、この理論には大穴がある。
 そもそも今現在、人口1億を超える国なぞ、中国、インド、アメリカ、インドネシア、パキスタン、ブラジル、ナイジェリア、バングラデシュ、ロシア、日本、メキシコ、フィリピンの計12カ国(多い順)しかないのに……その中に例外が2つもあるのだから、アカンなあ。

 ただ、興味深いのはロシアのケース。「まともに機能しない徴兵制度」の好例である。
 同国は徴兵制なのだ、一応は。しかし、合法・違法を問わず兵役逃れが蔓延した結果、その徴兵忌避率たるや、なんと90%以上! そんな中で兵役に就くのは、元犯罪者や非識字者など社会のアウトロー/アウトキャストな皆さんだという。
 ……ほとんどドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の国境警備軍「ナイツ・ウォッチ(Night's Watch)」ではないか。「大陸北部の国境線を北の魔物たちから守る」という名目はあるものの、実際には「死刑よりは」と追放刑を選択した重罪犯が行き着く、事実上の流刑地として機能している集団である。

 閑話休題。
 上記の「人口1億超え」の12国の国民数を合計すると地球人口の60%を超えるし、ブラジルとメキシコを除いても55%以上。1億未満の国でも、徴兵制というものは廃止に向かう傾向が強い。軍隊(もしくは類似組織)を持つ約170カ国のうち徴兵制度を採用しているのは67カ国のみ、とか。つまり、2018年現在、76億人の人類の大半は徴兵制のない地域で暮らしているのだ。

 ところが先頃。
 フランスのマクロン大統領は年頭演説なるものの中で、2001年に廃止されていた徴兵制度を復活させる考えを表明した。
 よりによってマクロンが。
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 実のところマクロンは、そもそも2017年の大統領選の時点で「18歳以上の男女を対象にした兵役」を公約として打ち出していたらしい。
 イグノラントなわたしは、もちろん件の年頭演説までそんなことは知らなかったわけだが。

 しかし! このマクロン大統領提唱の新たなる徴兵制について、よく読むと……。
 なんと、期間はわずか1カ月! ちょっとした部活合宿、長めのキャンプでしかない。
 「国防省の管理下で半年間の共同生活をおくる」というマレーシア式徴兵制に近いような。しかも、そのマレーシアですら6カ月なのに、フランス方式はわずか1カ月である。
 普通に考えれば、またも「この電子戦と非対称戦争の時代に……」と言わねばならない。2年ほど軍隊でしごかれても、G-DRAGONが戦場で役に立たないことは明白だが、わずか1カ月だけ軍隊管理下で合宿したフランスの若造どもが兵士として役立たずであることはさらにわかりきっている。

 このフランス徴兵制復活。
 一部の報道では「相次ぐテロの脅威に備えるため」。わたしは「単純化が過ぎる」と思う。確かにテロへの対抗策なのは事実だろうが、それを「テロに備えて」と語るのは、「彼の死因は心停止です」と言い切るようなもの。過程を省略しすぎだと思うのだ。
 おそらくマクロンの戦い方は、もっとクレヴァーで、逆説的なものだから。
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 ここで、ブレイディみかこによるYahoo!ニュース記事『元人質が語る「ISが空爆より怖がるもの」』から、ISに拘束された経験があるフランス人ジャーナリストの発言を引用してみよう。2年以上前のものだが、今でも充分有効で、意義深いものだ。
https://news.yahoo.co.jp/byline/bradymikako/20151119-00051589/

 「彼ら(IS)の世界観の中核を成すものは、ムスリムとその他のコミュニティーは共存できないというものだ。そして彼らは毎日アンテナを張り巡らせて、その説を裏付けする証拠を探している。だから、ドイツの人々が移民を歓迎している写真は彼らを大いに悩ませた。連帯、寛容、・・・・それは彼らが見たいものではない」
 「なぜフランスが狙われたのか? その理由はたくさんあるだろう。だが、僕が思うに、わが国は彼らに欧州の最弱リンクと見なされている。最も分断の裂け目が作りやすい場所だと思われているのだ」
 こんな発言を読んで、ブレイディみかこの脳裏にはバンクシーの有名な作品が浮かんだという。火炎瓶を投げつけるがごときポーズで、花束を投げている青年を描いたものだ。
 キャプションは「どうせ投げるなら彼らが一番怖がるものを。」とある。

 ISが一番怖がるもの。
 それは多様性を内包し、尊重する社会だ。
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 90年代半ばのフランス産ヒップホップ映画『憎しみ(La Haine)』を思い出す。
 パリというのは興味深い構造の街だ。低所得者層が集住しゲットー化した地域が、都市中心部ではなく郊外に位置するのだから。そんな郊外の低所得エリア「バンリュー」に住まう3人の青年が、『憎しみ』の主人公である。
 ヴァンサン(Vincent)・カッセルが「ヴィンス」、ユベール・クンデが「ユベール」、サイード・タグマウイが「サイード」役で出演……藤原紀香がNorika役で主演した『Spy_N』なみの設定、劇映画としてどないやねん! とは思うが、ぜひ見て欲しい。

 ヴィンス=ユダヤ系
 ユベール=アフリカ系(黒人)
 サイード=北アフリカ系(アラブ)

 見事にマイノリティばかり。フランス社会の多数派から疎まれる異民族たちだ。
 件のフランス人ジャーナリストが言う「分断の裂け目」、ゼノフォビア(異民族嫌悪)の標的である。

 ゼノフォビアとは、突き詰めれば「無知に起因する恐怖」だ。だが――きっかけが徴兵制であっても――同世代の若者たちが1カ月にわたって寝食を共にすれば、どうだろう? その芽は摘み取られるのではないか、と思う。かなりの確率で。
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 かつて、アメリカ陸軍のポール・イングリング大佐は、「徴兵制度によって国内のあらゆる社会が、戦争の重荷を等しく感じられるようになる」と主張したという……たぶん、これが三浦瑠麗による「平和のための徴兵制」提案の元ネタだ。

 この大佐に倣って言うならば。
 マクロン大統領の徴兵制は「国内のあらゆる民族が、社会の一員であることを互いに等しく認め合えるようになる」ことを目指したものではないか。
 そうすれば、分断の裂け目は生まれないから。

 そう考えた結果、この徴兵制に賛同している自分がいる。驚いたことに。
 

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