丸屋九兵衛

第24回:カルロス・ゴーンの華麗なる脱出劇!……を『ゲーム・オブ・スローンズ』で読み解く

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 ティリオン・イズ・ゴーン。

 そう言いたくなるのは、カルロス・ゴーンの見事にして珍妙な日本脱出劇が、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の主人公の1人、ティリオン・ラニスターの国外逃亡を思わせるからだ。
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『ゲーム・オブ・スローンズ』第4シーズンを貫く大きな展開は、結婚式の席上で起こった若き王ジョフリーの唐突な死から始まる、ティリオン・ラニスター被告の逮捕・勾留・裁判。最終的には国外逃亡である。

 ティリオン・ラニスターは、七王国で事実上最高の権力を持つ首相的な立場の貴族タイウィン・ラニスターの息子。だが、彼を出産する時に母が死んだこと、そして小人症であることから、誕生以来ずっと父に憎まれてきた。傲慢貴族ファミリーの中でほぼ唯一、ひねくれてはいるものの優しい心と、研ぎ澄まされた知性を持っているのに。
 そんな彼は、自分の甥にあたる若き王ジョフリー(極悪サディスト)と仲が悪い。そのジョフリーが自らの結婚式の最中に急死。それも、ティリオンが渡したカップからワインを飲んだ直後だったために、当然ながら彼が疑われる。こうして取り調べもなく半地下の牢屋に放り込まれたティリオンは、裁判の日まで勾留されることになる。
 そう、いちおう裁判はあるのだ!
 とはいえ、中世ヨーロッパ的な世界における裁判だから、「推定有罪」である。

 裁判の昼休み中、親族内で唯一の味方である兄ジェイミーが父と掛け合い、死刑ではなく極寒の僻地に追放(まあ島流し)への減刑を約束させる。しかし、そのあと王権(=検察)側の証人として呼ばれた元・恋人が彼に不利なウソ証言を連発するのを見て激昂したティリオンは、「ここには正義など存在しない! 決闘裁判を要求する!」と宣言。つまり、決闘で勝った方が、司法でも勝つのである。「正しい者に味方する神の意志」を信じて。
 王権側とティリオン、それぞれが代理戦士を立て、決闘裁判へ。ティリオン側の戦士が相手を追い詰めるも、詰めが甘くて敗北(&死亡)。それと同時にティリオンの有罪も確定し、獄中で死刑執行を待つばかりの身となる。
 しかし、ティリオンにシンパシーを抱く宮廷の実力者(だが被差別者)である宦官ヴァリスが、東の大陸エッソスまでの逃亡を手配し、兄ジェイミーがティリオンを独房から救出した。が、独房からヴァリスとの集合場所までの間に寄り道したティリオンは、父タイウィンの寝所で自分の元・恋人を発見! もつれあった結果、彼女を殺してしまった彼は、サディスト甥っ子の形見であるクロスボウを使い、トイレで座っていた父を射殺。数分で2人も殺した後、ようやくヴァリスとおちあい、空気穴が開いた木箱に入って輸送される身となる。
 船の出航間際、王都に鐘(非常警報)が鳴り響く。この間にティリオンが何かやらかしたことを悟ったヴァリスは、自分も船に飛び乗り、同行することになるのだった……。
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 カルロス・ゴーンも逃げた。空気穴が開いた金属製の箱に入って。

 ここで、ティリオン・ラニスターとカルロス・ゴーンの共通点を書き出してみる。

●有能で、自分が任されたもの(会社なり都市なり)を破滅から救った。
●しかし、あまり感謝されていないようだ。
●身内によって訴えられた/捕まった。
●取り調べ中から非人道的な環境に勾留される。
●今に至るまで、有罪は証明されていない……ティリオンの場合、元・恋人と父を殺したのは事実だが。
●とはいえ、その国の裁判では捕まった瞬間から推定有罪である、そもそも。無罪が証明されない限り。
●裁判中から国内の注目を浴びる。
●シンパの協力により、箱に隠れて国外へ。
●そうしたら、「身に覚えがあるから逃げたに違いない」と決めつける人が多数。
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 わたしが気になったのはゴーン版ヴァリスの去就だ。

「ヴァリスは一緒に逃げたのか? 無事だろうか?」
 そんな問答が『ゲーム・オブ・スローンズ』ファンたちの間で飛び交っていた矢先。果たして、トルコでゴーンの逃亡を助けた人々が拘束されてしまった。嗚呼……。

 そして『ゲーム・オブ・スローンズ』において、ジョフリー王の死によって立場が激変したのは、ティリオンだけではない。その妻サンサ・スタークも、である。半ば本意ではなかったとはいえ、ジョフリー突然死のドサクサに紛れて王都から逃げたら、「妻も共犯者だ! 捕まえろ!」とお尋ね者になってしまったのだ。
 と思っていたら、ゴーンの妻キャロルにも逮捕状が!
 我々は、「やはりサンサにも追っ手が!」とざわめいたものだ。
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 弁護士の高野隆は、ここ日本で「三大刑事弁護人の一人」として知られている人物で、カルロス・ゴーンのケースも担当していた。
 その高野弁護士が昨年末のゴーン国外逃亡劇を知った後、1月4日に書いたブログが相当な名文である。

「残念ながら、この国では刑事被告人にとって公正な裁判など期待することはできない。裁判官は独立した司法官ではない。官僚組織の一部だ。日本のメディアは検察庁の広報機関に過ぎない。しかし、多くの日本人はそのことに気がついていない」
「逮捕されたら、すぐに保釈金を積んで釈放される(略)英米でもヨーロッパでもそれが当たり前だ。20日間も拘束されるなんてテロリストぐらいでしょう。でもこの国は違う。テロリストも盗人も政治家もカリスマ経営者も、みんな逮捕されたら、23日間拘禁されて、毎日5時間も6時間も、ときには夜通しで、弁護人の立ち会いもなしに尋問を受け続ける。罪を自白しなかったら、そのあとも延々と拘禁され続ける。誰もその実態を知らない。みんな日本は人権が保障された文明国だと思い込んでいる」

 ……この国はいろいろおかしいのではないか? 検察や司法や警察や裁判やらが。

 調べてみると、昨年12月上旬にアップされ、すでに100万ヴュー以上を達成している「Why Every Japanese Criminal is Guilty」という動画が見つかった。

 

 遡って8月にアップされた「Why Japan Arrests Foreigners」には、200万以上のヴュー数がある。
 もちろん、各国の司法は、それぞれに特殊でありイビツなものなのだろう、とは思う。

 でも、特に日本は……自分では普通に生きてきたつもりだが、その「普通」が普通と見なされなくなった時に、ムショ入りする可能性がとてつもなく高い国なのではないか?

 意味がわからん? じゃあ、先述の高野弁護士ブログに寄せられた下記の「疑わしきは罰す」コメントを読んでくれ。
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(略)翻って、我が国の司法制度及び警察制度が、ことさら欠陥を抱えているのかという事に関して考慮するならば、我々一般市民にとって良い点が多いという事をもう少し認識すべきである(略)。
結局のところ、法的にグレーな人々の人権を強く尊重して、法的に白な一般市民のリスクを固めるのか、法的にグレーな人の人権をある程度制限、もしくは軽視して法的に白な一般市民のリスクを低減させるのか、の選択になっているのではないかと思う。一個人としては、法的にグレーな人々の人権が有る程度制限されても、一般市民が安心して暮らせる世の中を維持していって欲しいと切に願っている。我が国が何時までも人命第一という考え方を維持できるような司法制度は何かという視点が最も重要ではないかと考える。

 How about me?

 わたしはとてもクリーンな一般市民である。
 一部で「男子中学生の通過儀礼」のように語られる「修学旅行先の売店での万引き」の経験も皆無。違法とされる植物や薬物はもちろんのこと、合法だが中毒性がより強い(と言われる)植物や向精神性がある飲料とも縁がない。
 しかし、青黒い制服を着た連中は、殊更にわたしを怪しむ。ひどい時には、1年に15回も職務質問を受けるのだ。

 そんなわたしは、日本にとって「法的に白な一般市民」か? それとも「法的にグレーな人」か?
 このわたしが何かの間違いで逮捕されたら、身の潔白を明かすチャンスはあるのだろうか?

 一方、下記のような意見も寄せられていた。
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この国の刑事司法が終わっている事は、刑事事件の被疑者・被告人になった者や刑事司法に詳しい者にしか分からないことだろう。
ゴーン氏が、起訴された犯罪を犯したかどうかは裁判をしないと分からない。
裁判をしていない段階で、国民の多数がゴーン氏を罪人扱いしていることこそおかしなことだ。
ゴーン氏を批判している人は、やってもいない罪で、自分が何らかの勘違い等から逮捕・勾留・起訴され、有罪判決を下されて初めてこの国の刑事司法の現実に気付くだろう。
勘違いされる確率は低いが、交通事故のように突然あなたの身に降りかかる。
明日は我が身である。

 ……わたしはまさに、それを感じている。
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 そんなところに投下されたのが、「自白強要文化」「被疑者が無罪を証明すべきと無意識に考える日本」に鋭く切り込んだこの記事だ。

ほとんどの日本人は口に出さないが、捜査機関に逮捕された時点で「罪人」とみなす。そして、そのような人が無罪を主張しても、「だったら納得できる証拠を出してみろよ」くらい否定的に受け取る傾向があるのだ。
(略)
2010年、小沢一郎氏にゴーン氏のような「疑惑」がかけられた。マスコミは、起訴もされていない小沢氏周辺のカネの流れを取り上げ、逮捕は秒読みだとか、特捜部の本丸はなんちゃらだとお祭り騒ぎになった。いわゆる陸山会事件だ。
では当時、日本社会は「疑惑の人」となった小沢氏にどんな言葉をかけていたのか。民主党のさる県連幹事長はこう述べている。
「起訴されれば無罪を証明すべきだ」(朝日新聞2010年4月28日)
ワイドショーのコメンテーターたちも、渋い顔をして似たようことを述べていた。新橋のガード下のサラリーマンも、井戸端会議の奥様たちも同様で、日本中で「小沢氏は裁判で無罪を証明すべき」のシュプレヒコールをあげていた。


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 過日、地下鉄内で見かけた『週刊新潮』の車内中吊り広告。そこにはカルロス・ゴーンの逃亡劇に関する見出しが多々あり、中には「ODA200億円は切り札か 大悪党奪還のウルトラC」なるものも見られた。
 裁判の結果は出ないままなのに「ゴーン=大悪党」と断定?

 もちろん、見出しなどというものは客を釣ってこそナンボ、ミスリード上等である。しかし、このミスリードが恐ろしいのは、「大衆が、"ゴーン=大悪党"という断定を望んでいるに違いない」との想定に基づいて書かれたであろうこと。
 そして、その想定がビンゴであろうことも。
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『ゲーム・オブ・スローンズ』では、ティリオンの裁判に詰めかけた人々――裁判も死刑も、民衆のエンタテインメントである――が、ティリオンを下手人と信じ切っており、死刑が下るのを楽しみにしていた。

 海の向こうのエッソス大陸では、ティリオンを主人公に据えた芝居――シェイクスピアの『リチャード3世』の廉価版である――を、ティリオン本人とは無関係な旅芸人の一座が披露している。その物語でのティリオンはまさに「大悪党」であり、ティリオンを演じる役者(やはり小人症)は観客たちのブーイングを受けていた。俳優本人が大悪党であるかのように。
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『ゲーム・オブ・スローンズ』のメイン舞台である七王国の首都「キングズ・ランディング」。この街で法執行機関に類する組織としては、王族の近衛兵であるキングズガード(白マント)と王都警備隊であるシティ・ウォッチ(金マント)が存在する。
 どちらも、程度の差こそあれ、腐敗し、堕落している。

 一方、日本の警察はどうだろう? 堕落した組織か?
「賄賂が日常的か否か」という意味では、おそらくノーだ。世界各地には腐敗した法執行機関が多々あり、そうした国では私腹を肥やす目的で警官になることが普通だったりもする。それと比較して、我が国の警察は清廉潔白な組織だろうと思う。
 だが、それは「間違いを犯さない」という意味ではない。むしろ、「俺たち正義の味方」という思い込みは傲慢にもつながるから。

日本の捜査機関は非常に優秀です。誤認逮捕等をしてしまっては大問題になってしまいますから慎重に捜査します。その上で充分な証拠等が揃った段階で逮捕しますし、検察官も絶対に有罪にできると判断した事案しか起訴しません。

 ……詩織さんに関して杉田水脈が「世界で一番優秀な日本の警察が不起訴にしたのに、それを疑うのは日本の司法への侮辱でんでん」と言ってたっけね。
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 もう一度、『ゲーム・オブ・スローンズ』に戻ると。
 ここで重要なのは、同番組が時として「残酷」「差別的」と糾弾されながら、実際には、そういったモロモロと戦う社会的弱者たちを主人公として描いてきたことだ。
 特にティリオン・ラニスターを。
 自分が有能さを活かして救った人々から感謝されず、むしろ無実の罪で捕らえられたことが喝采される男。自分の現在地に馴染めない異形の存在、ストレンジャー・イン・ア・ストレンジ・ランド。

 もちろん、わたしはカルロス・ゴーンが無実かどうかは知らない。
 そもそも、それは誰も知らない。本人と、ごく少数の関係者以外は。
 なのに「罪人」「大悪党」確定であるかのように彼を語ってきた日本はなんなのだろう。ティリオン・ラニスターを吊るし上げんとしていた王都の民衆と変わらんではないか。