丸屋九兵衛

第27回:渚にてコロナを。裸の鋼鉄都市に、やがて到来するウイルス後の世界について

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 君知るや、わたしもかつては紙の雑誌の編集者だったことを。

 わたしが、その雑誌『bmr』の編集長というものになったのは、音楽雑誌というビジネスがかなり立ち行かなくなっていた2010年のこと。だから、そのまま行っても、そう長くは続かなかったかもしれない。
 その終止符を早めてくれたのが、2011年3月11日の出来事である。

 それまでも決して順風満帆ではなかった――わたしによる方向転換が読者の困惑を招いていたという話もないではない――『bmr』だが、これが決定的な打撃となった。そもそも、発行元である株式会社ブルース・インターアクションズは、その時点でいろいろ行き詰まっていたのだ、『bmr』の件だけではなく。そこにめちゃめちゃヘヴィなブロウとなったのが震災、というわけである。
 この会社、もとはといえば、慶應義塾大學のブルース研究会(?)出身で頭が切れる物好きな男(現在70代)が1970年代に立ち上げた超インディ企業だったのだが、00年代半ばからスぺースシャワーネットワークの傘下になっていた。ゆえに……震災から約半年後、2011年10月にブルース・インターアクションズは親会社に吸収される。それとタイミングを合わせて『bmr』も発行を停止することとなった。その後は同じ名義のウェブサイトが存在したが、わたし自身はそれが雑誌と同じものだとは思っていない(その一方で、雑誌時代を礼賛するつもりもない)。

 あの震災の衝撃から、"Fukushima"がチェルノブイリ同様に被曝を意味する言葉として英語圏で定着した感もある。その福島県の一部、法人税が免除された地域で作られた(いや、ペーパーカンパニーの登記上の住所なだけ?)小さめのマスクをあてがわれている我々国民は……あの地震のダメージから立ち直ったといえるだろうか?
 あの地震は一瞬だったが、これほどまでに日本を変えた。少なくとも、わたしの状況は変えた。
 では、コロナウイルスは世界をどう変えるだろう? いや、すでに変えているのだが。
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■都市と太陽とロボットと

 アイザック・アシモフによるロボットSFミステリー2作、つまり1953年作『鋼鉄都市』と1956年の続編『はだかの太陽』は、今こそ読むべきかもしれない。

 まず、この時代の地球人は、「スペーサー」たちに圧倒的な差をつけられている、という基本設定をご承知いただきたい。スペーサーとは、かつて宇宙植民に乗り出した地球人の子孫であり、さまざまな惑星上でロボットを駆使した豊かな社会を実現した新人類の総称だ。
『鋼鉄都市』で描かれる約3000年後(えっ)の地球は人口80億(ええっ)。今の我々にとってはすぐそこに迫っている数字が3000年後に設定されていることに違和感はあるが、執筆当時の人口から見れば3倍である。「人類の月世界到達は数十年後だね」と思われていた時代なので、まあ仕方ない。
 80億の人々がひしめき合う地球では、鋼鉄で作られたドームにすっぽり覆われた都市が世界各地に林立。ほとんどの人々の生活――というより人生――は、地下鉄とショッピングモールと住居が合体した一大建築の中で完結する。つまり、そのドームから一歩も出ることなく一生を終えるのが普通なのだ。
 この設定、閉所愛好癖を持つアシモフ自身にとってはパラダイス。「オープンエアに触れることなく、室内でカンファタボーに過ごす。最高やん!」と思ったらしいが、これを読んだ人は「悪夢だ!」と反応したという。小説内の地球人たちもほぼアシモフ、みんなが閉所愛好者で、逆にいえば広場恐怖症/開所恐怖症、agoraphobiaである(この広場という翻訳と、それに起因するイメージが誤解である……という説があることは承知している)。
 物語は……ニューヨーク近郊、そのスペーサーが駐在するスペースタウンでスペーサーの大使が殺される。なぜ? 誰が? ロボット三原則があるから、ロボットには不可能である。一方、スペーサーに反感を抱く地球人はたくさんいるが、揃いも揃って広場恐怖症。野外を出歩いてスペースタウンまで行くのはまず無理だ。ニューヨーク市警の刑事イライジャ・ベイリは、人間そっくりなロボット刑事のR・ダニール・オリヴォーと組んで、この難事件にあたることになる……。

 続く『はだかの太陽』では一転、スペーサー国家の一つ「ソラリア星」が舞台だ。ロボットを使いこなすことで豊かな社会を築いてきたスペーサー国家群の中でもずば抜けており、人間対ロボットが1:10,000という驚異的な数字の星である。住民どうしはホログラム通信でコミュニケーションするのが普通であり、同じ部屋で語り合うことはタブー。互いに近づくことを「危険」かつ「ダーティ」と見なしており、トラディショナルな形の繁殖も……。

 お分かりの通り、『鋼鉄都市』での地球は、密閉、密集、密着……だっけ? とにかく「三密」上等な社会である。一方、『はだかの太陽』のソラリアは「ソーシャル・ディスタンス、ここに極まれり」みたいな世界。
 そして、今日の我々の感覚は後者、いわば「ソラリアイズム」に限りなく近づいているのではないか?

 先日は、ナイジェリアでZOOMによる裁判で死刑判決が言い渡される! という衝撃の報道があった。ZOOMを通じて出廷した被告、弁護側も検察側もZOOM経由で弁論、判決だってZOOMで。ZOOMを介しても裁判は裁判、判決に貴賤はない!……とは思うものの、やはり違和感は拭えない。
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■映画館の死

『スター・トレック イントゥ・ダークネス』の完成試写会を思い出す。2013年、六本木ヒルズのTOHOシネマズだ。見終わったあと、自分の声が低くなっていることを発見したわたし。「ベネディクト・カンバーバッチ効果か?!」とウホウホ喜んだが、帰宅する頃には体調が悪化してきた。そういえば、隣の席の男がゴホゴホやっていたっけ。なんのことはない、風邪をもらって帰ってきただけの話なのだった……。

 ライブハウスやクラブもそうだろうが、そもそも三密が前提のような映画館は、このように「感染する何か」に対して非常にヴァルナボーな施設である。
 しかし、「今こそ映画が必要な時だ」というのも事実。主演俳優兼プロデューサーが強くそれを主張していたからこそ、あのシリーズの第9弾の公開が11ヶ月延期されたことに、わたしはガックリきた。そう、『ワイルド・スピード ジェットブレイク』である。だが、そんな状況の中、通常の映画館公開を諦め、配信で"公開"したところ、驚くような好成績となった作品もあると聞く。

 レンタル・ビデオの出現は、映画館を苦境に追い込んだかもしれないが、映画産業自体は盛り上げた。そう書いたのは、佐々木士郎だったろうか。
 今のわたしは、かつてのレンタル・ビデオ以上にコロナが映画館を殺すかもしれない……と恐れている。それでも映画産業は続いていくだろうが。
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■マドンナ vs 三浦瑠璃

 バラの花びらを浮かべた乳白色の湯につかりながら、コロナウイルス下の世界をポエティックに語ってくれたのはマドンナだ。
「重要なのは、金持ちだろうと有名人だろうと関係がないこと。どこに住んでいても、何歳であってもかかる。すべてが平等なのが素晴らしい。私たちは皆同じ船に乗っている。船が沈むときは、全員がともに沈む」。
 ……あの変な服装でのプリンス追悼パフォーマンスしかり、アレサ・フランクリン追悼のはずが自分のことしか語らないスピーチしかり。彼女は今年で62歳だが、外見は40代。しかし中身は完膚なきまでに耄碌しているのではないか。たぶん神経細胞の再生をサポートしない食生活ゆえだと思う。

 一方。時に悪質なデマを広めるくせに、折に触れて正論を吐くため、こちらとしては評価に困ってしまうのが三浦瑠璃という存在だ。その三浦は言っている。「新型コロナウイルス禍で格差が縮まると思っている人がいるかもしれないけれど、格差は拡大する。数多のひとの命と将来が失われることになる」と。

 三浦瑠璃の言葉を噛み締めてから、米英を見てみると。
 まずは、マドンナの母国アメリカ。その総人口に占める黒人の割合は13.4%だから、黒人が13%以上の郡とそれ以外の郡に分けて、新型ウイルス感染者数と死者数をまとめた調査がある。その結果、黒人の多い地域に新型コロナ死者が偏る傾向が見られた

 次に、マドンナの現住所であるUK。そこでは黒人のコロナ死亡率が、なんと白人の4倍以上だ

 うん、「すべてが平等」ね。
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■マイノリティ・フェイタリティ

 マスク不足という事情も、そこに別の影を落としている。
 アメリカの疾病対策予防センター(CDC)は国民に対し、公の場でのマスク着用を呼びかけている。が、アフリカ系やヒスパニック/ラティーノは、簡単に従うわけにいかない。
 犯罪者と思われるからだ。

 Driving while drunk(飲酒運転)ならぬ"driving while black"という表現がある。酩酊して自動車を運転している者同様に、「黒人が車を運転しているというだけで警察に呼び止められる」という事実を、悲しいユーモアで言い表したものだ。
 ブラックでプエルトリカンなシカゴ市民(男性)の知人曰く……あまりの頻度で警官に止められるため、息子がChamillionaireの名曲"Ridin'"のフック「ヤツらは、俺が違法なブツを積んで走ってると思ってやがる~」を歌うようになってしまったという。

 


 このように、黒人であるというだけで犯罪者と見なされるケースは枚挙にいとまがない。それに加えて、CDCの勧告通りマスクで顔を覆えばどうなると思う?

 そして、医療用マスク不足が、さらなる問題を生み出す。
 然るべき筋のために然るべきマスクを確保すべく、CDCが提唱しているのは「バンダナやスカーフ、古くなったTシャツなどをマスクとして活用せよ」。だが、医療用マスクですら不審に見られるのに、バンダナだと?! それ、まるっきりストリート・ギャングスタのイメージやん! 黒人やラティーノ、特に男性は、自分の見た目に関してとてもコンシャスでなければならない。つまり、警官に対して与える印象に意識的でなければ、生きていけないのだ。
 アメリカの警官は、白人相手に職務質問など滅多にやらない。相手はたいてい黒人かラティーノ、時おりエイジャンだ。特に黒人は、警官に犯罪者と見なされた場合、射殺されることもままある。いつだったか、身分証明書を取り出そうとポケットに手を伸ばした黒人男性が、数十発の弾丸を撃ち込まれた例は忘れられない。
 つまり、顔を覆わなければウイルスに殺されるかもしれない。顔を覆えば警官に殺されるかもしれない。そういうこと。こうしてコロナウイルスと差別が力を合わせ、社会的弱者の命を刈り取っていく。コロナ後の世界で、人口バランスはどうなるだろう。

 ネイティヴ・アメリカンの現状も気になる。19世紀半ば、ジャガイモ飢饉の時に助けられたアイルランドからの170年後の恩返しは美しいが、インフラが不足している(であろう)居留地は、今いったいどうなっているのか。

 かつて、白人が「新大陸」に天然痘をもたらしたときのことを思い出そう。リアル大陸、例えば北米では、先住民の人口は激減した――95%が死滅とも聞く――が、それでも生き残った。しかし、カリブの島では全滅した例も少なくなかったはずだ。
 同様に今回も、逃げ場がない島嶼部の人口がどうなるかが怖い。伊豆諸島であれ、大アンティルであれ、オセアニアであれ。
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■老人が消えた惑星?

 ドナルド・トランプがわからない。
 彼は先日、コロナ対策として消毒剤の注射を提案した。あるいは、抗マラリア薬「クロロキン」と「ヒドロキシクロロキン」を「神からの贈り物」として推奨もした。今のところ、効果が出る前に死亡者が出ているようすである。
 問題は……トランプの主張に従って消毒剤の注射に踏み切ったりマラリアの薬を飲んじゃったりするのは、取りもなおさずトランプ支持層だということ。自分の味方を減らしてどないすんねやろ。
 見た目は多少似ていても、ドナルドより賢いのがボリスだ。
 UKのジョンソン政権は当初、「集団免疫を高めるぞ」作戦を提唱していたはずだ。しかし、ボリスは途中で気づいたのではないか。「こら、自分に不利やん」と。
 感染しても生き残るやつは生き残る。こうして集団は強くなる。犠牲は伴うが、その発想自体はたぶん間違っていない。しかし今回の場合、真っ先に犠牲になりそうなのは老人である。そして、誰よりもBREXITに賛成したのは、イングランドの高年齢層。そう、集団免疫作戦だと、ボリスは支持基盤を失いかねないのだ(たぶん)。
 このままいくと、ブライアン・オールディスの『子供の消えた惑星』ならぬ、『老人が消えたUK』。それを避けるためにボリスはロックダウンに踏み切ったのだ!……と結論づけた矢先に「ジョンソン英首相、ロックダウン緩和の方針発表」というニュース。おかげで脱力しているが。

 我らがアベちゃんの行動も謎である。
 コロナウイルスの犠牲になるのは、選挙の度にちゃんと投票に行く真面目な自民党支持層である中高年ではないのか?
 あとは野となれ山となれ、なのか。それとも、アベちゃんにはアベちゃんの「国家百年の計」があるのか。
 つまり、世界でも稀な「少子化&超高齢化社会」となった日本の未来の負担を軽減するため、高齢層を始末にかかっているのかも……陰謀論が嫌いなはずのわたしも、アベちゃんの行動には脳内をかき乱され、そう考える瞬間もある。
 日本の場合、コロナウイルスのせいでセックスレスと少子化にも拍車がかかるだろうし……と思いかけた矢先に、中高生の妊娠がツイッターのトレンド入り。おかげで脱力しているが。
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■王と海豚

「やがて到来するウイルス後の世界」という前提で書いてきたが、さらに悪いシナリオは「いつまで経っても、ウイルス後にならない」こと。そして、それよりさらに悪いのは、スティーヴン・キングが予測する「より強いウイルスになって戻ってくる」シナリオである。

 他にも「映画『パシフィック・リム』に登場した怪獣教団のようにコロナ教団が出現するんちゃうか?」という予感もある。その先駆け的存在がドクタードルフィンだろうか。