丸屋九兵衛

第28回:#BlackLivesMatter 不要論に思う。「じゃがいもの会」と"Fuck tha Police"の狭間

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 白人警察官には黒人に対する漠然とした恐怖心があって、今回の抗議デモの発端となったような事件がなくならないとも言われているんだヨーソロー。
 なんだろう、この低脳野郎は。
 というわけで、NHKの『これでわかった!世界のいま』に対する怒りが収まらない今日この頃だが、今回はわたしが友人に"I know you get fucked with a lot"と言われた話をしよう。

 そんなこと言われたら驚くよな。
 もっとも、ここでの「ゲット・ファックト・ウィズ」とは、「煩わされる」くらいの意味で、つまりは「職務質問される」のことなのだが。わたしの場合はね。
..............................................................
 事の起こりは、日本に住むアフリカ系アメリカ人の友(Jとしておこう)がこう言ってきたことだ。
「この動画、どう思う?」

 

「Shock Waves from George Floyd Murder Reach Tokyo」と題された1分20秒ほどの動画。映っているのは、渋谷で行われたデモのようだ。
「正義なくして平和なし」、あるいは「日本におけるレイシズムを止めよう」。ああ、それはその通り。もちろんわたしは #BlackLivesMatter に与する者でもある。
 しかし、"Fuck tha Police"あるいは「警察解体」というシュプレヒコールには違和感を覚えた。どこの警察に対して言っているのだ? 途中に渋谷あたりの警察官たちが映し出されることもあり、その対象は彼らと思えてくる。BGMの緊張感と相まって抑圧的な極悪ポリスメンと映るのだ。本当は単なるデモ誘導担当だろうに。

 確かに警視庁の目は節穴だし、職務質問が「権力の恣意的な濫用」であるのは事実。でも、彼らが市民を警棒で打擲したり、催涙ガスを放ったり、銃撃したりする事件は、そうそう起きない。そんな土壌に、"Fuck tha Police"の直輸入はそぐわんのではないか。  

 そこでJに答えた。

――日本の警察はバカだが、さほど暴力的ではないからなあ。

J 僕もそれを考えていた。君がよく職務質問にあっているのは知っているが、その様子はヴァイオレントには見えない。このデモはターゲットからズレているように思える。

――うん。それに、ジョージ・フロイドを殺したのは日本の警察ではないから、違和感もある。

J 日本でも警察によるハラスメントは増えているようだし、先日はクルド人男性への職務質問が暴行に発展したひどい事件もあった。だから、その件に対するデモなら理解できる。でも、もしそうだとしたら抗議の対象を明確にしないと。

――クルド人男性の件もさることながら、日本国内でひどい目に遭う外国人が最も集中している地域といえば茨城県牛久市の東日本入国管理センターだと思う。そして、そこを管轄するのは誰か? 警察ではないよな。

J この件は他の人にも聞いてみるよ。

――それと、さっきの動画の皆さんに、あの不滅のフレーズは使って欲しくなかったな……

J どのフレーズ?

――"Fuck tha Police"

J ああ、なるほどね。

 翌日、Jから再び連絡が来た。

J こないだの「Shock Waves from George Floyd Murder Reach Tokyo」パレード。もともとの動機は、例のクルド人虐待への抗議だったらしい。ジョージ・フロイド虐殺事件に言及する参加者もいたが、本来の趣旨はそれではない。

――なるほど! そこに「ジョージ・フロイドのむごたらしい死から、正義を求める地球規模の運動へ」と字幕をつけたら、ターゲットからズレて見えるのも当然やな。
..............................................................
 途中に登場するテロップにはこうある。
「日本人も外国人も、アクティヴィストたちが世界各国の警察による暴力を糾弾した」
 世界各国の警察による暴力。そんな大雑把な一般論にしてしまっていいものだろうか? かの名フレーズ"Fuck tha Police"とて、堕落した警官個々人への言及、もしくは該当地域の警察が組織的に著しく腐敗している場合にのみ有効である、とわたしは思うのだが。

 もしくは、わたしが気づいていない真実がそこにあるのか?
 例えば、ミネアポリスで起こったジョージ・フロイドの事件と、東京で起きたクルド人の虐待等々が、世界共通の警察勢力による同時多発暴力である、と。
 つまり、「ヨーロッパとカリフォルニア半島、そして日本にも広がるスーパーコロニーたちが、実は一つのメガコロニーのパーツである」と囁かれるアルゼンチンアリ同様に、実は地球上の警察が全て、同一のメガ組織の支部なのだ!

 ……というわけではなかろう。なのに、全員まとめて"Fuck tha Police"か? それではキラー・マイクも泣くだろうね。
..............................................................
 例えば、「世界各国の原子力発電所に反対」ならわかる。福島だろうがチェルノブイリだろうが、原発は原発。メリットとデメリットを秤にかけて、リスクが大きすぎると思えるのは当たり前だ。
 原発がダメでも、枯渇する運命の化石燃料に頼る火力発電や、なぜか頭痛と鳥たちの死をもたらす風力発電、自然破壊を前提としたダム建設で始まる水力発電など、代替手段はナンボでもある。
 だが、警察の代替品は存在するか?

 権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対に腐敗する。だから、国家につきものの警察という組織が堕落していく傾向にあるのは事実だ。ゆえに、市民が見張らねばならない。彼らが我々を見張るのではなく。
 しかし、同時に警察のような機関――いわゆる「暴力装置」――なしに国家が機能するとは思えないのだ。

「国民国家を崩壊させること」を人生の最終目標(とうてい無理)と設定している帝国主義者のわたしですらそう思うのだから、そこまで偏っていない人たちは「警察解体」を叫ばない方がいいのではないか。ミネアポリスではともかく、東京では。
 解体した後のことを考えていないなら、左翼の面汚しである。ファックしたアフターマスを考えなくて良いのはN.W.Aだけの特権なのだから。
..............................................................
 一方で、Whataboutism(そっちこそどうなんだ論法)の暴走も、なかなか微笑ましい。曰く……


え???大阪で「黒人の命は大切」デモ開催??
なんで??
ウイグル・チベット・法輪功・香港・台湾に対する弾圧反対ならまだ分かるけど、なんで「黒人の命は大切」を日本でやるの???

 Well, ミネアポリスは外国だが、新疆ウイグル自治区だってたいがい外国や思うぞ。

 さらに……


大坂なおみさんがこのデモをリツイートしていらっしゃったので、英語でコメントしてきました。
「本当に人権を真剣に守りたいなら、黒人だけでなく、中国で弾圧されているウイグル、チベット、香港、台湾、キリスト教徒含めた全ての人権を守るために立ち上りなさい」

「立ち上りなさい」って態度デカいな。大坂なおみの場合、自身が黒人なんやから、ひとごとちゃうのが分かれへんのやろか。それをさらに盛り上げる「大坂なおみも、そちら側だと聞きます」等のshitty replies。何やねん、「そちら側」って。

 そして #BlackLivesMatter からは離れるが、このような豪快な例もあった。

拉致問題、慰安婦支援団体の不正問題、中国のウルグアイ弾圧問題について大いに議論して下さい。

 中国共産党がウルグアイに……それは、かつてJYJが盛んに行なっていた南米公演に比肩するほどの遠大なリーチである。
 これに対しては香山リカ先輩のツイートが全てを説明してくれているが、恐ろしいことに件のウルグアイ論者は医師らしい。なんということだ、日本よ……。
..............................................................
 話は変わって。

 最近、わたしが追求しているテーマの一つに「ホモ・サピエンスの記憶の不確かさ」と「それに基づいて描かれる歴史の危うさ」がある。今回のテーマに関連するのは、映画『ボヘミアン・ラプソディ』で再浮上した『Live Aid』についてだ。
 80年代半ば当時、深刻化していたアフリカの飢餓問題。それを救済すべく企画されたチャリティ曲、慈善コンサートはいろいろある。
 メインの3つは時系列でいうと
●1984年12月=Band Aidのシングル"Do They Know It's Christmas?" UK
●1985年3月=USA for Africaのシングル"We Are the World"と同名アルバム US
●1985年7月=オールスターによるコンサート『Live Aid』 UK&US&諸国 となる。
のだが! 死すべき定めの人の子らの脳内ではそれらが渾然一体となっており、「バンド・エイドがリリースしたWe Are the World」程度の混乱は序の口だ。

 それはともかく。
 こうして80年代半ばに生まれた同種のプロジェクトとしては他に、カナダ版「ノーザン・ライツ」、ラテンアメリカ版「Cantare Cantaras」、メタル版「Hear 'n Aid」等々がある。で、実は日本版もあったのだ。
 それが森進一によって設立された「じゃがいもの会」である。
 
 その「じゃがいもの会」は非難されたらしい。
「なぜアフリカなんだ? 日本にも苦しんでいる人々がいる」と(実のところ、「じゃがいもの会」はアフリカに特化したものではなく、「世界の難民支援」を掲げていたようだが)。
 そういえば同時期、"Weird Al" Yankovicがマイケル・ジャクソン"Beat It"のパロディ曲としてリリースした"Eat It"には「日本で子供たちが飢えていることを知らないのか?」という一節がある。

 


 ヤンコヴィックが間違ったことをいうわけがない。だから、「先進国で最悪レベル」「夏休みになった途端に痩せ細る子どもたち」と話題の我が国が抱える貧困児童問題は、35年前から解決されないままということか……。

 Anyway
 近くにいる人から助けよ。それはそれで真っ当な主張だ。
 では、遠隔地の人々は無視していいか? そうとも思えないのだ、わたしには。 ..............................................................
 クルド人が二度と警官に暴行されませんように。
 牛久市で苦しむ人々が早く解放されますように。
 そして、ジョージ・フロイドの事件を契機として、アフリカン・アメリカンたちの命がこれ以上は奪われませんように……と切に願っている。
 つまり、わたしにとってはすべての人々の命が大切なのだ。

 しかし、それを素直にハッシュド・タグにすると…… #AllLivesMatter 。
 ああっ!
 それは、 #BlackLivesMatter への反発として生まれた屁理屈、この運動の中で最も忌み嫌われるハッシュド・タグの一つではないか!
.............................................................
 Netflixで時事レクチャー系パワーポイント・コメディ番組『愛国者として物申す』こと『Patriot Act』を続けているインド系アメリカ人イスラム教徒コメディアンのハサン・ミンハジも言っている。
「どの問題も大切だが、常に全てを気にかけることはできない」

 結局のところ、我々は誰を最初に助けるべきか、どの範囲までを気にかけるべきなのか。
 わたし自身もわからないのだ。