さらば、昭和の大宰相!
過日、しめやかにも大々的に行われたのは、中曽根康弘101歳の大往生を記念した祭りである。
世が世なら、社会主義国家「日本人民民主主義共和国」を率いる日本統一労働党・書記長となっていた――そして、「伝説の反政府ゲリラ」田中角栄と戦っていた――はずの中曽根。だが、曹操が「治世の能臣」と形容されたのにも似て、GHQ支配体制以降の日本に適応した結果、こうなったのだな。
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そんな中曽根康弘は、聴く者の魂を打つ珠玉の発言を量産する男でもあった。その名言と金言の数々を、ここで振り返ってみたい。
●「日本は単一民族だから泥棒も少ない」1983年8月
●「アメリカには黒人とかプエルトリコとかメキシカンとか、そういうのが相当おって、平均的に見たら非常にまだ低い」1986年9月22日
●「女性は"あ、今度のネクタイはどんな色をしているか"とかそんなことをいちばん見る。なにをいったか覚えていないらしい」同日
●「アメリカでは今でも黒人では字を知らないのがずいぶんいる」同日
●「米国はアポロ計画や戦略防衛構想で大きな成果を上げているが、複合民族なので、教育などで手の届かないところもある。日本は単一民族だから、手が届きやすい、ということだ。演説全体を読んでもらえばわかる。他国を誹謗したり、人種差別したわけではない」同年9月24日
●「日本国籍を持つ方々で差別を受けている少数民族はいない。梅原猛さんの本を読むと、アイヌとか大陸から渡ってきた人々はそうとう融合しあっている。私も眉なんかも濃いし、ひげも濃い。アイヌの血はそうとう入っていると思う」同年10月21日
まさに"昭和な"大宰相であった。
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しかしだな。中曽根"ヤス"康弘が黄泉の国へと旅立ったのは昨年11月なのだが、なんで今ごろ……あ、コロナのせいか。それにしても、この1年近くの間、亡骸はどうやって保管されていたのか。そう考えると、閻連科の小説『愉楽』を思い出す。中国の寒村の住民たちがレーニンの遺体を購入、レーニン記念館を作る壮大な計画をぶち上げる!……という物語だ。
ここでソ連&中国に話が及んだのは、その中曽根の合同葬とやらがソ連や中国、あるいは「ナチスか北朝鮮か『スターシップ・トゥルーパーズ』か」と思えるような光景だったからである。
だが、大手マスメディアは合同葬を取材しなかったらしい。我々の拒否反応を見越した政府による報道規制だろうか。
とはいえ、わからない点が二つある。
まずは、世間に見せつけるつもりがないなら大がかりな儀式を敢行する必要があるのか。
次に、我々のような「まつろわぬ者たち」の反応を気にする必要が今の政府にあるだろうか。
というのも、昨今の日本人はずいぶんとお上の味方と見受けられるからだ。
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去る9月。「#警察に言われたこと」というハッシュタグが流行する中で、わたしもそれに乗ってみた。
いかにして「普通の日本人」が警察官と接触するか、わたしは知らない。ハッキリしているのは、わたしが"青黒い服を着た我が親友たち"と触れ合う機会はほぼ一つしかないこと。
職務質問だ。
だから、わたしが「警察に言われたこと」とは、すなわち職務質問時の問答である。そのやりとりや、それにまつわる写真を載せたツイートをスレッド形式で発信してみたのだ。
わたしが計算に入れていなかったのは「町山智浩エフェクト」。これは、町山先輩にリツイートされることにより、この先輩の一挙一動を観察している敵対者――右寄り/自民政権礼賛/百田尚樹愛読者/香菜タレント支持者、等々――の皆さんが引き寄せられてくる現象のことだ。
というわけで、町山智浩先輩のRT後、まあ見事に寄ってきたこと。
「不審な人物を疑って調べるのは警察官の職務ですから仕方ないですね」
「貴殿に気を使ってタトゥーが迫力あるって言ったんでしょう。ホンネは怪しい人物に見えたのでしょう」等々。
「自分から警察に職質されましたって恥ずかしい事を自慢気にツイートしておいて、自分が納得いかない批判レスはフォロワーに叩かせるために晒し」
中でも注目したいのはこの方、通称「Mr.モラル」である。
何を怒っているのだろう。
わたしが職務質問に協力しなかったことがあるとでも言うように。
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皆さんは、6ix9ineまたはTekashi69というラッパーをご存じだろうか。
ここ何年かの「サウンドクラウド・ラップ」を代表する存在だが、2018年にブラッズ系(ニューヨークのくせに)のギャング"Nine Trey Gangsters"の一員として殺人共謀、麻薬取引、恐喝等の容疑で逮捕された。
2020年夏に釈放されたが、「長生きはできまい」と言われている。というのも、最長47年の刑が下るのを恐れて司法取引を受け入れてしまい、自分が属していたギャングの内情をしっかりすっきり白状したからだ。昔の仲間が報復を狙っていることは、200%確実である。
「証人保護プログラムに入れるべき」という話も聞くが、額にまでデカデカと「69」という数字がタトゥーされたレインボーヘアの男を匿うのは、そう簡単なことではないぞ。
6ix9ineが、かつての仲間たちに憎まれている――おそらく殺されるだろう――のは、「仲間を裏切るなんて許せん。ギャングスタにだって仁義があるだろう」ということではない。そんなレベルの話とは違う。
そもそも、警察に何かしら情報を提供する時点でアカンのだ、彼らの倫理観に従えば。時には、たとえ知人が死に、犯人の目星がついていても、警察権力に対してはダンマリを決め込まねばならない。
警察組織に情報を提供した者はsnitch(密告者)と呼ばれ、その瞬間から――児童性虐待者と並んで――ストリートで最も軽蔑される存在となる。「警察には協力しない」がヒップホップ・コミュニティの基本中の基本だから。
だが、わたしはヒップホップ・コミュニティに生まれ育ったわけではなく、ラッパーでもない。BTSのRMにはどう見えようと(彼に「あなたはラッパーですか?」と問われたことあり)。
さらに、わたしは「社会など乱れきってしまえ!」とも思っていないし、国家の治安維持に法執行機関が不可欠なことは承知している。ゆえに、警官に呼び止められた時は拒否せず、つきあってやってきた。
しかし、多い時には1年に15回も職務質問をされる身になってみたまえ。明らかに時間のムダだ。わたしの時間も。そして、我々の税金を糧に働く彼らの時間も。
先のツイートを再び見返してみると、Mr.モラルは「この二人に対して嫌がらせをしているぞっていう意思表示のつもりなんだろうな」と言っている。
とんでもない。わたしへの職務質問を「真っ当な仕事」「国民への奉仕」と勘違いされても困るので、彼らの節穴と、それが穿たれた肉塊をSNS上に残しておくだけのことである。時間と税金のムダ使いの記録として。
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アイロニックなのは、わたしがとてもクリーンであることだ。おそらく、件のMr.モラルよりも。
わたしは、酒も飲まずタバコにも触れず、マリファナやマジックマッシュルーム、アヘン/モルヒネ/ヘロイン、コカ/コカイン/クラックやコカコーラ、アンフェタミン&メタンフェタミン等々、どれも未経験である。およそ「向精神効果がある」とされるものとは無縁だから、わたしの所持品を探ったとて、そのスジのブツは出てこない。
当然ながら犯罪歴は皆無。男子中学生(?)の通過儀礼のように語られる「修学旅行先での万引き」もない。自動車免許もないし、トゥパック・シャクールのようなJウォーカーでもないから、道路交通法に違反することもない。
つまり、わたしを職務質問しても「市民を守る」ことには全く繋がらない。逆に、市民の権利を侵害することになるのだ。その市民とはもちろんわたしだが。
しかも職務質問は、時として「パンツを見せろ」「股間を触らせろ」に発展することまである。
この過剰さについては、下記のニューヨークからの証言を読んでほしい。
「安全な国」と称えられがちな日本だが、こと職務質問に関しては、なかなか過酷なのだよ。それによって権利を侵害される市民もいる。
我々にとって、ここは必ずしも安全とは言えない。
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先に挙げた「町山智浩エフェクト」により引き寄せられてきた人々の中で、この人のツイートも重要である。
そうつぶやく彼のツイッターのアイコンは画像不使用、フェアなことこの上ないが、それはまあいいとしよう。肝心なのは、この文面から滲み出る反知性・非知性・逆知性・欠知性。当方は中曽根ではないのに、先方の知的水準が不安で仕方なくなるのだ。
最近は、この「No Name」氏に限らず、「知的水準・不安系」な人たちに絡まれる機会が多いこと、多いこと。
例えば。
アカウント名からして「BLMは人種差別主義者の集団」と名乗るこの人物は、「アメリカで警官に殺される黒人たちは犯罪者!」と頑なに信じているようす。
つるの剛士パクチー事件の際に絡んできた御仁は、「丸屋九兵衛はトランプをドイツ人と勘違い」と早合点したのか、わたしを「よくこんな無知でトークショーやってるよね♪」と嘲笑する。
こういう人たちを観察していると、「無知の知」に行き着かない「無知の無知」の深い闇を垣間見る思いがする。ビル・マーレイの金言「賢者との論争に勝つのは難しいが、愚者との論争に勝つのはほぼ不可能である」を実感させてくれる瞬間。ロジックを超越した彼らの豪快な湾曲力は……どこかで見聞きしたような……そうだ! 「精神勝利法」だ!
つまり彼らは、いわば「現代を生きる阿Q」なのである。
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興味深いこと。
それは……オリジナル阿Qは意味も分からぬまま「革命」というものに便乗して騒いだ挙句に銃殺されるが、現代の阿Qたちは無知なまま体制に与している……と映る点だ。
彼らは揃って、
● #BlackLivesMatter と大坂なおみを敵視し
●つるの剛士を全力で擁護し
●"薬物"で逮捕された有名人を非難し
●タトゥーを毛嫌いし
●自民党政権を愛してやまない
ように見える。
なぜ、そんなに体制が好きなのだろう。
かつて勉強ができない人たちは不良化するものだった。体制に歯向かっているように見えた。
しかし昨今は、そういう人に限って学級委員体質というか、保守的・守旧的・現状維持的で、お上の指示を喜んで聞く習性と思える。
総じて、保守的、閉鎖的で、ゼノフォビア(異物嫌悪傾向)が顕著。その"異物"には、外国人もタトゥーもドラッグもK-POPも含まれる。
国家としては停滞を免れないだろうが、体制にとっては楽な時代なのではないか。
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体制の話題から、中曽根康弘の話に戻る。
第二次世界大戦中、彼が海軍将校だった頃のこと。
大学を出て海軍で短期訓練を受けただけで将校となり、輸送船団を指揮することとなった中曽根。乗船したクルーは2000名、前科者を含むなかなかラフ&タフなメンツだったらしい。23歳の若造将校を相手に造反する可能性は大いにある。そこで中曽根は、前科者の中から一番ゴツそうな男、古田(前科8犯)を呼び出した。
中曽根は「お前も天皇陛下に随分と迷惑をかけてきたんだろう。ここらでご恩返しをしようじゃないか」と持ちかけると、古田は了承。中曽根のイヌとなった古田は班長に抜擢される……。
「これまで天皇陛下に迷惑をかけてきたから、ここらでご恩返し」。なんだろう、このまっすぐで、ピュアで、気持ち悪い奴隷根性は。
一方、鼓腹撃壌の逸話が伝わる彼の国では「我々の暮らしを安んずる限りにおいて、皇帝が皇帝であることを認めてやる」という思想が民衆に受け継がれてきたとも聞く(よって、200〜300年ごとに王朝が変わる)。
そんな大地に生を受けたオリジナル阿Qが「ご恩返し」を持ちかけられたら、どう反応しただろう。
これは魯迅よりも、むしろ現代中国の「まつろわぬ」作家たちに問うてみたいものだ。