最近、とてもしんどい。何を見るにしても何を語るにしてもなんだか実感がなく、その実感のなさ自体がどこかで悪事に加担しているような気分になり、なにも書けなくなる。疫病の蔓延や長期化する戦争が一因にあるのは間違いないが、そのせいばかりではなく、とらえどころがない嫌な雰囲気が社会にずっと続いている気がする。
こういうときは身体の輪郭を取り戻してくれるような、なにか芯のある文章を読みたくなる。そして私は、これまで何度も繰り返し読んだ井田真木子の『かくしてバンドは鳴りやまず』(リトルモア)を手に取る。
井田真木子は2001年に44歳で夭折したノンフィクション・ライターだ。中国残留孤児2世について書いた『小蓮の恋人』や援助交際を行う少女たちを取材した『十四歳』など、マイノリティの立場にある人々を題材とした作品などで知られる。44歳での逝去を夭折と呼ぶかは判断が分かれるだろうが、井田真木子の死は道半ばといった印象が強く、彼女はこの本の元となった記事の連載中に前のめりに倒れるようにして亡くなった。過去のノンフィクションの傑作とその作家について述べる連載は、全10回の予定だったが結局3回までしか掲載されず、亡くなった1年後に遺作として単行本化された。ちょうど高校を卒業したところだった私は、出版されたばかりのその本を買い、熱量のある文体と鮮烈な内容に衝撃を受けた。もう20年以上前の話だ。
File102. 書くことへの信仰を失いかけたときに読む本
井田真木子『かくしてバンドは鳴りやまず』
紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホやタブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。今回のゲストは、歌集『やがて秋茄子へと到る』が高く評価され、文芸誌などでも活躍著しい歌人の堂園昌彦さんです。