加納 Aマッソ

 生まれてこのかた、「加納」という苗字を名乗ってきた。先祖感謝つよつよバージョンでいうと、ありがたく名乗らせていただいてきた。そこら中にいるわけではないが、かといってかなりめずらしい名前というわけでもなく、苗字ランキング検索サイトによると、日本に30万種類ある苗字の中で加納は464位だそうで、さすがにこれでは何の感情も動かない。
 順位よろしく、この姓にまつわる思い出というのもいまいちパッとしない。高校時代、バイト先にいた明るいだけで何一つ面白くないおっさんから「典明」というあだ名で呼ばれていたこと(ちなみに10年後このあだ名で呼んできたのは、虹の黄昏の野沢ダイブ禁止兄さん)、滑舌の悪い担任が授業中に「佐野〜」と呼んだときに、私と佐野くんが同時に返事してしまう、逆もしかりであった、ということ。あとは、親父のメールアドレスが「可能」にかけて「possible@」なのを兄ちゃんと二人でバカにしていたこと。あ、そういえば、中学のときに「加納ってお金持ちそうな名前やんな〜」とお金持ちの友達に言われて、なぜか冷静に「ふむふむ、これが俗にいう皮肉とやらですな?」と納得したのを今思い出した。掘り返してみると、付き合いが長い分案外いろいろとあるものだ。
 同じ「かのう」読みでいうと、「叶」「狩野」「嘉納」などがある。「さいとう」の「さい」などは実に何十種類もの漢字があるらしく、漢字を聞かれる回数はその足元にも及ばないが、私にも人並み程度にはその機会は訪れる。
 説明の方法はそれぞれ異なるだろう。「かのう」の場合、「加納」と「狩野」の難易度は変わらないので、「むずかしいほうの」は使えない。となるとやはり漢字をひとつずつ分解していくことになる。私は今まで、指で宙に文字を書きながら、「くわえる、に、おさめる、です」と言ってきた。いつからその定型文を使っていたのか思い出せないが、おそらく両親のどちらかがそのように説明したのを聞いていたのだろうと思う。それをなんの疑いもなくこの歳まで使用してきた。相手もある程度は見当をつけてくれている場合が多いので、伝わらないことはあまりない。しかし、これはずいぶん相手の見当頼りで、説明として欠陥が多いのではないか、という気になってきた。よく考えたら「くわえる」って。なんか良くないな。「咥える」の「咥」も「か」って読むし。「くわわる」って言っておけば安全やのに。しかも「おさめる」って!「おさめる」って何個漢字あるのよ!
 あー、一度嫌なところが見えてしまったらもう使えない。親からのおさがりを使っているのもカッコ悪いし。ごめんね定型文。区切りめいたイベントは今のところないけど、ちょっとここでオリジナルにアップデートさせてもらうね。
 ていうかそっか、これって好きにしていいのか! じゃあねえ、まずは「対前年増加率、の加」でいきます。これは、前の年よりもどれくらい増えているか、っていうことなので、とても縁起がいいです。そう、気づいた人はいるかもしれないね、前年と何かの数字を比較するなら、普通「対前年増減率」っていうよね。それを最初から「増加率」といって「減っている可能性」を排除しているのがいいよね。「……たいぜんねん?」って、そこの漢字を聞いてくるような人とは付き合わなくていいので、いいリトマス紙にもなってるね。「面倒くさいなあ」って言う人はいて当然! 私は面倒くさいので、すでに自己紹介ができているね。で、「納豆、の納」! おいしいよね。後半に手を抜く感じも私だね。みなさん、よろしくおねがいします!

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