加納 Aマッソ

「勉強してて良かったな、って思うことある?」

 人生で初めて参加した同窓会の、二軒目に入った居酒屋で、前の席に座るメグ先輩がふとそう言った。中学で所属していたバスケ部の仲間で、一つ上の代も一緒になった10人ほどの集まりだった。
 コラムでも小説でも、多くの人が同窓会について書いた文章に触れてきたおかげで、その場でどういう感情が沸き起こるのかはある程度想定していた。自分と相手の近況について比較してしまったり、人間性は大人になっても変わらないんだなと再確認したり、思い出話が中心になることの無意味さを心の中で嘆じたり。
 私は、その全てを楽しみにしていた。「今まで読んできたやつをついに!」という心持ちだった。相方の村上と一緒に参加するということで、他の参加者より比較的に気楽な部分もあった。
 それでも、店に入る直前に村上が「どんなテンションで入る?笑」と聞いてきて、同じ気持ちであったことに笑った。テレビに出ている時の雰囲気と差異があればがっかりさせてしまうかもしれないが、かといって正解のラインもわからない。しかし先に集まっていたメンバーが高めのテンションで出迎えてくれたおかげで、うっすらあった緊張は早々に解けた。
 20年ぶりに会う同級生と先輩との時間は、上記の感情をきちんと内包しながらも、とても楽しく過ぎていった。先輩がやる先生のモノマネでお腹が痛くなるまで笑った。当時の私と村上が部室の鍵を失くし、「あの時私が代わりに顧問に怒られたんやで」と打ち明けてきたキャプテンにも遅ればせながら謝った。私が少しの間聞き手に回っていると、「コラムに書くネタになると思って聞いてるやろ〜」なんて茶化された。私はニコニコしながら「当たり前ですやん〜」と言った。当たり前である。

 深夜2時にお開きになった。店前で写真やらハグやらを済ませ、口々に「こんなに遅くまで遊んだん何年ぶりや〜」と言って、それぞれの方向へ自転車とタクシーで帰っていった。私は酔い覚ましも兼ねて、少し距離はあるが実家までの道を歩いて帰ることにした。
 約4時間の会話を反芻し、メグ先輩の言葉だけがちょっと異質だったな、と思った。なんだか変な質問だった。「勉強しとけば良かった、って思うわ」ならわかる。私も、何かをやらなかった後悔はいっぱいある。でもメグ先輩自身は、後悔している様子はなかった。期末テストの数学で7点を取った話をして、「授業中もテスト中も暇で暇でしょうがなかった」と笑っていた。なのに、みんなに「勉強していて良かったと思ったこと」を聞いた。
 すぐに別の話題に移ったので、その質問はうやむやになって流れた。しかし、なんて答えるのが良かっただろうか。他の人の回答も聞きたかったし、この話題が膨らめばきっと想定していない同窓会トークになっていた。当時の自分が会得したレベルの数学で、やっていて良かったと思ったことは、ないかもしれない。国語は? 国語は、勉強からより読書からのほうが多くを得た気もする。英語。英語は未だに少しも話せない。
「ほら、ないやろ? だから学校の勉強なんか意味なかってんで」
 そうやってくだを巻きたいわけでもなさそうだったので、なおさら質問の意図が掴めなかった。おそらく、子育ての最中に何か考えたのだろうなとは思った。「私は意味を感じていないけど、みんなが意味あるっていうならもう少しちゃんと勉強やらせようかな」ということだったかもしれない。でもそれも憶測の域を出ない。メグ先輩からのこの問いは、考えがいがあった。

 気がつくと家に着いていた。その瞬間に閃いた。メグ先輩、もしかしたら、解きたいと思う問いがあったら、時間がすぐに過ぎてくれるかもしれません。で、色んなことに対して解きたい、考えたい、って思えるようになるきっかけを、勉強がつくってくれるのかもしれません。でも時間が早く過ぎることが人生にとって良いことかどうかは、次会う時までに考えさせてください。ちなみに、当時付き合ってた人を発表する流れになった時に、メグ先輩が言っていた相手、全員私が片想いしていた人でした。 付き合ってて良かった、って思ったことありますか? もちろん、この問いは解かないで大丈夫ですが!