社会の荒波に揉まれて働いているだけでも偉いのに、さらに他人を気遣う余裕もある天使のようなヘアメイクさんが、「加納さん、ちゃんと寝れてますか?」と聞いてくれることがある。優しい。優しくてホロリとしてしまうが、内心ちょっと気まずい。というのも、私はとても寝られている。自信を持って言えるほど、本当によく寝られている。だから「めっちゃ寝れてます」と伝えると、無理をしている人に向ける用の慈しみの笑みをくれる。違う、私は本当に、毎日ぐっすりと寝ている。
こうなってしまうのには理由がある。まずは目の下の皮膚が薄い。そのせいで人よりクマが目立ち、同情を買いやすい。メイクさんは入念に私のクマに何色かのコンシーラーをのせながら、その行為とセットで「お疲れですねぇ」と労う。私もそこで説明すれば良いものの、なぜか「いやぁ、そうですかねぇ」とぼかす。自分が疲れてるかどうかわからないことなんてないのに、明言しないことが大人の嗜みだと言わんばかりに、「かもしれないですねぇ」と返す。「疲れますよねぇ」「ですかねぇ」「わかります〜」「ですか〜?」
次なる要因は、メイク中にウトウトしてしまうことだ。でもこれにはちゃんとした言い訳がある。お腹がいっぱいなのだ。お弁当を食べるから、眠いのだ。給食の後だって寝ていた。私に5時間目なんてなかった。あの頃と今も体は同じだ。え、じゃあ、メイクしてから食べれば良いじゃん。いやだって、リップ塗り直してもらうの申し訳ないやん。とかなんとかいろいろある。結局目を覚ますと、鏡越しにあの慈しみの笑顔が待っている。「ほんとに毎日、ご苦労様です……」そして凝ってもない肩を揉んでくれる。痛い。
お弁当を食べた後すぐに長めの収録が始まる場合は、ウトウトを防ぐためメガシャキを飲む。これも危ない。大部屋で他の芸人と楽屋が同じ場合は「お、寝てないアピールですか」となりかねない。すごく寝てるのに。雑な揶揄を未然に防ぐため、メガシャキをトイレに持ち込み洗面台の前で飲んでいたら、また天使がやってきて今度は深刻な顔で肩を抱いてくれる。やめてやめて、ネロとパトラッシュみたいに。私めっちゃ起きてるから。
ファンの人から「この前のワイプ半分寝てましたね」というお便りをもらった。最悪だ。なんでこうなるの。「ご自愛ください…」と続けられている。いやいや、違うの! ご自愛しかしてないから眠くなるのわかってるのにお弁当食べるの! 収録中にお腹鳴ったら恥ずかしいから食べるの!
テレビに出る人がなぜ同じ悩みを抱えていないのか不思議でしょうがない。「芸能人」という言葉の定義には「眠気に強い人」という意味も含まれているのだろう。あと「お弁当を用意するに値する人」。変な慣習。そもそもなんでテレビ局はお弁当を用意してくれるのだろう。家で食べてこさせたら良いのに。家で食べてきたら、収録の時間には眠気のピークは去っているのに。試しているのか? この新参者に、芸能界にいる資格があるか試しているのか? 天使も回し者か? 面白い。見とけよ、この群雄割拠の芸能界、なんとしても最後まで起き抜いてやるから。