加納 Aマッソ

第76回「スネ夫とのび太みたいな感じでした」

 小学校の同級生である相方とコンビを組んでいることで、当時の関係性がどのようなものだったか聞かれる機会が多い。そのたびに、お互い冗談半分で「スネ夫とのび太みたいな感じでした」と答えていた。「ジャイアンみたいな子がいて、3人で行動してたんですけど、よく大喜利なんか無茶振りされて」「プロレス技かけられたり」「うちら2人の絆は薄めでしたね〜(笑)」
 なんでも率先して物事を提案し、私たちに多大な影響力をもたらしていた一人の友人を今さら「いじめっ子」と位置付け、当時の思い出を面白おかしく話す。私たちにとっては、愛おしさを込めて述懐できる楽しい時間だった。そしてこういった事ができるのが、同級生コンビの強みであるとも思っていた。

 その友人から着信があった。中学校卒業以来、全く連絡を取っていなかった彼女からの電話に、私は心が躍った。
 しかし20年ぶりに聞くその声は、とても緊張していた。そして短い挨拶の後すぐ、彼女は「ごめんな」と言った。
 聞くと、私が不用意に本名を出して話してしまっていたことで、それを耳にした彼女の職場の人が「あんたのことちゃうか」と告げたのだということだった。
 私は笑いながら、何も気にしていない旨と、トークに使わせてもらっていたことを詫びた。彼女は申し訳なさそうに「ほんまに覚えてなくて……」と言い、ひたすら謝罪を繰り返した。私にまだ憎悪の気持ちが残っていると考えても無理はない。いまだに20年前の出来事を被害者であったかのように話すなんて、根に持っていないと辻褄が合わない。彼女を本当の意味で安堵させられたかはわからなかったが、努めて明るく「話せて嬉しかった」と伝えると、彼女は控えめに「これからも応援してるな」と言って、ほんの5分ほどで電話は切れた。

 その後、猛烈な罪悪感に襲われた。当たり前のことを忘れていた。彼女と私は、違う人生を歩んできたのだ。子ども時代の、とある地点でたまたま繋がっていただけで、積み上げてきた年月は、何もかも違うのだ。私と相方は偶然同じ職につき、目の前の仕事で利用するために、事あるごとに過去を都合の良いように加工してきた。けれどそんな過去は、彼女にとっては、今の人生で再び存在させる必要はまったくないのだ。彼女には大切にしたいたくさんの思い出があって、その上に成り立っている今がある。そこに影を落とす権利は、私にあるわけはない。声を聞きながら、彼女の書く文字が可愛くて手紙をもらうたびに嬉しかったことや、修学旅行の前におそろいの帽子を天王寺に買いに行ったことを次々に思い出し、押しつぶされそうになった。面白い深夜番組を教えてくれたのも彼女だった。楽しかった。電話を切る前にそう言いたかった。でもそれも結局は自分のためでしかなかった。

 このあいだ、番組で「次に問題視されるハラスメント」を考える時間があった。過去ハラ、と頭に浮かんだが躊躇し、「ペンハラ」と答えた。「なんでもエッセイに書いちゃうんで私」と言った。これも書かない方がいいかもしれない。でも、誰かの罪の意識に少しでも寄り添えるかも知れない。迷うが、今日のところは書く。を、またやってしまう。