世の中ラボ

【第164回】
一から学ぶイスラエルとパレスチナ

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2024年1月号より転載。

 2023年10月7日、パレスチナ自治区ガザ地区を支配するハマスがイスラエルを攻撃してはじまった武力紛争。イスラエルはハマスのテロ行為だとして、報復のためガザ地区を空爆して地上戦に突入。以来二か月たっても和平への道は見えない。
 ガザ保健当局の発表によると、この戦争によるパレスチナ人の死者はすでに1万5000人超。うち40%は子どもで、瓦礫の下敷きになった行方不明者も多数いるとされる。しかも命をおびやかす要因は戦闘にとどまらず、WHO(世界保健機関)の報道官は〈パレスチナ自治区ガザに関して「保健の態勢を回復できなければ、結局は病気での死者数の方が爆撃で命を落とす人よりも多くなる」と警鐘を鳴らした〉(11月28日/ロイター通信)。
 連日トップニュースで報じられているガザの惨状。が、イスラエルとパレスチナはなぜかくも長く対立を続けているのか、正確に答えるのは難しい。新しめの関係書籍を読んでみた。

前史としての対立からオスロ合意まで
 イスラエル問題の入門書をうたう、ダニエル・ソカッチ『イスラエル』の副題は「人類史上最もやっかいな問題」。
〈ほかの点では知性的な多くの人びとが、「イスラエル」あるいは「パレスチナ」に味方する論陣を張りながら、物語の一部しか語っていない〉とソカッチはいう。彼らは次の点を認めようとしない。〈つまり、イスラエル人とパレスチナ人はどちらも正しく、どちらも間違っている〉。〈どちらも、自分ではどうにもならない力の、お互いの、自分自身の犠牲者なのである〉。
 ことの発端は旧約聖書の時代にまで遡る。が、それが今日のような形で先鋭化したのは19世紀後半〜20世紀だった。
 多くのユダヤ人(=ユダヤ教徒)は何千年もの間、ヘブライ語聖書の創世記が「約束の地」としたカナン(ここには現在のイスラエルに加えて、ヨルダン川西岸とガザ地区のパレスチナ自治区が含まれる)を自分たちの祖国と信じてきた。これがシオニズム(イスラエルにユダヤ人の祖国を再建することを目指す思想・運動)の原点である。シオニズムはナショナリズムが生まれた時代の産物であり、19世紀には彼らがこの地に移住しはじめた。
 一方、パレスチナ人の多くはイスラム教徒で、自分たちをアラブ世界の一部と考えている。何世紀にもわたってパレスチナ(地中海に面した東海岸地域)で暮らしてきたアラブ人にとって、領土を獲得し、自分たちのコミュニティを拡大し、新たな独立国家の建設を目指すユダヤ人は侵略者以外の何物でもない。このままではわれわれは祖国での居場所を失い、権利を奪われ、周辺に追いやられる! かくてシオニストやユダヤ人移民と対決することが、彼らアラブ人の民族的なアイデンティティと化す。
 第一次大戦後、国際連盟の委任統治領としてパレスチナを支配下に置いたのはイギリスだった。オスマン帝国崩壊後、イギリスはいわゆる二枚舌外交で、アラブ人にもユダヤ人にも居留地の独立を約束した。しかし、第二次大戦とホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)を経て、戦後、ユダヤ人に同情的な世論が高まると、ユダヤ人の入植は加速し、ますます混迷が深まる。
 ここから先は、二年前に出版された高橋和夫『パレスチナ問題の展開』を中心に、問題を整理してみよう。
 1947年、国連総会はパレスチナの分割決議案を可決した。それまでユダヤ人が所有していた土地は7%。それが、この決議案では57%がユダヤ人に割り当てられた。パレスチナ人は反発し、周辺のアラブ諸国も同調した。48年、イギリス軍が撤退すると、シオニストはイスラエルの独立を宣言し、周辺のアラブ諸国がパレスチナに進撃する。これが第一次中東戦争だ。
 この戦争で70万人のパレスチナ人が難民となり、ヨルダン、レバノン、シリア、エジプトなど周辺国に流れた。以来、難民の帰還をイスラエル側は認めていない。〈したがって、パレスチナ人は今日に至るまで望郷の念を抱いて世界を放浪することとなった。ちょうどユダヤ人がイスラエルの建設まで二千年の間さまよったと主張するように〉と高橋はいう。〈パレスチナ人の悲しみの上にシオニストの歓喜があった。ユダヤ人国家建設というシオニストの夢が成就し、故郷の喪失というパレスチナ人の悪夢が始まった〉のだと。
 現在のパレスチナ問題はここに端を発している。
 今日までに和平を目指す動きがなかったわけではない。最たるものがオスロ合意だ。1993年、イスラエルのラビン首相と、PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長が、クリントン米大統領立ち会いのもと、二国共存を目指す合意書に調印した。合意の内容は、①PLOはイスラエルを国家として、イスラエルはPLOをパレスチナの自治政府として承認する。②イスラエルは占領地から暫時撤退し、パレスチナの暫定自治を認める。③占領地の最終的地位は将来の交渉に委ねる。というもので、ことは解決に向かうかと思われた。しかし双方とも内部に根強い反対意見があった上、95年にはラビンが暗殺されて、オスロ合意は暗礁に乗り上げた。
 オスロ合意でガザ地区とヨルダン川西岸はパレスチナ自治区になったものの、ヨルダン川西岸へのユダヤ人の入植は止まらず、占領地のパレスチナ人は厳しい監視下にある。また、イスラエルに包囲されたガザ地区では物資も人も行き来が制限されている。
 今日のイスラエルの人口は約930万人。うち四分の三(約680万人)がユダヤ人で、残りがアラブ人など。ほかヨルダン川西岸には約300万人、ガザ地区には約200万人のパレスチナ人がいて、この地区の難民キャンプ居住者と周辺国で暮らす人々を合計するとパレスチナ難民の総数は国連の調べで640万人。この状態が1948年から75年も続いているのだ。異常というほかない。

ネタニヤフ、そしてハマスとは
 さて、では以上を踏まえて今の状況をどう見るか。二冊の本に今度の戦争に関する直接的な言及はないが、ヒントは見つかる。
 まず現在の紛争の当事者、22年12月に首相に返り咲き、ガザへの攻撃を続けるイスラエルの首相、ネタニヤフである。
 ビビの愛称を持つベンヤミン・ネタニヤフは1949年生まれ。右派政党リクードの党首で、1996年、初の直接公選による選挙で首相に選ばれて以来、何度も首相を務めてきた。一〇代の頃、アメリカで学生生活を送ったネタニヤフは英語を流暢に話し、アメリカ流の演出術に長けた政治家という。そのネタニヤフを強力に支援したのが17年に米大統領に就任したトランプである。
〈エルサレムの首都承認、ゴラン高原の主権承認、そしてイラン核合意からの離脱、いずれもネタニヤフの意向に沿う政策である。そして、それがトランプの政治的な基盤であり、ネタニヤフを支持する福音派の期待に応える決断であった〉と高橋はいう。
〈トランプとネタニヤフは共に右翼のエスノナショナリズム的ポピュリズムを推進し、それまでは受け入れられなかった人種的偏見に満ちたイメージや言葉を政治的利益のために積極的に利用し、民主的な制度と規範をあからさまに軽視し、無視した。二人は似た者同士の盟友だった〉とソカッチは分析する。
 ネタニヤフはイスラエルのトランプだと思えばわかりやすい。自国ファーストを煽り、民主主義を後退させ、保守派に擦り寄り、敵陣営への差別も排斥も辞さない。最悪である。
 もう一方の当事者であるハマスは、PLOの対抗勢力として台頭したイスラム急進派のグループだ。アラファトが04年に死去した後、その直系である穏健派のファタハに代わって勢力を伸ばし、06年の自治評議会選挙に勝利。07年にはファタハとの武力衝突に勝ってガザ地区を制圧、現在に至っている。
 反オスロ合意派で、イスラエルとの徹底抗戦を掲げるハマス。イスラエルのほか、アメリカ、EUなどの西側諸国は彼らをテロ組織と見なしており、ハマスがガザを支配すると、イスラエルはエジプトと協力してガザを封鎖。ガザ地区が「天井のない監獄」と化す一方、イスラエル軍とハマスは戦闘を繰り返してきた。
 ともに譲らない両者。当面、出口は見つからない。
 だがひとついえるのは、両者はけっして対等ではないということだろう。米国の支援を後ろ盾にしたイスラエルは強力な軍事大国であり、圧倒的な強者である。一方、ガザ地区に暮らすパレスチナ人は戦争がなくても死と隣り合わせの状態にある。そこに今度の戦争だ。バイデン政権はイスラエル支持を表明し、日本政府も当初は同調したが、今日の国際世論はむしろイスラエルに批判的だ。
 むろんなかには親イスラエル派もいる。飯山陽『中東問題再考』はその一例だろう。過去に起きた戦闘を指して、日本のメディアは〈イスラエル側が一方的にガザの民間人を虐殺したかのような印象を与え、ガザの人はかわいそうだと同情を誘うような書き方をしています〉と飯山はいい、イスラエルの自衛権を盾に、日本の中東専門家も日本のメディアも反米左翼イデオロギーの巣窟で、ゆえに情報操作をし、偏向報道を続けていると主張する。
 親米右翼かネトウヨか、並みいる中東研究者にケンカを売る蛮勇ぶりには頭が下がるが、しかし説得力はゼロである。
 出口が見えないパレスチナ。だがソカッチも高橋も、イスラエル国内や米国ユダヤ人社会の世論の変化などを理由に、希望はあると述べている。現に米国の直近の調査でも、イスラエルに停戦を求める声は民主党支持者の四分の三にのぼった(朝日新聞電子版12月4日)。落としどころがオスロ合意で示された「二国共存」以外にないことも、現在のイスラエルのやり方が火に油を注ぐだけであることも自明の理なのだ。一日も早い停戦を求めたい。

【この記事で紹介された本】

『イスラエル ―― 人類史上最もやっかいな問題』
ダニエル・ソカッチ/鬼澤忍訳、NHK出版、2023年、2860円(税込)

 

〈国際社会の一員として“この国”を正しく理解するための入門書〉(帯より)。著者は米国在住のユダヤ人社会活動家。90年代にイスラエルで暮らした経験があり、公平な立場からイスラエルとパレスチナをめぐる国際社会の歴史と課題を詳述する。米国のユダヤ人社会は概して民主党支持でリベラルであること、イスラエル国内にも新世代の活動家が育ちつつあることなど話題も豊富。

『パレスチナ問題の展開』
高橋和夫、左右社、2021年、2750円(税込)

 

〈複雑な歴史と人物関係がわかる第一人者による決定版!〉(帯より)。著者は放送大学名誉教授。放送大学の授業で使用されたテキストを書籍化した叢書の一冊で、シオニズムのはじまりからイスラエルの変節、オバマ、トランプ、バイデンの中東政策まで、パレスチナの現代を解説する。パレスチナ系議員の登場などで米国内の世論が変わりつつあることを指摘した最終近くの章も必見。

『中東問題再考』
飯山陽、扶桑社新書、2022年、1078円(税込)

 

〈中東世界の現実を読み解く!〉(帯より)。著者はイスラム思想研究者・アラビア語通訳。アフガニスタン、イラン、トルコなどをダシに、日本の中東研究者や中東報道を批判する。パレスチナ問題は「『パレスチナ=善、イスラエル=悪』の先入観が隠す事実」の章で登場。左翼批判を目的とした逆張り本で読む価値はないが、この本が批判する言説が正解だと思えば存在価値はある?

PR誌ちくま2024年1月号

 

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