2022年10月、フランスの女性作家、アニー・エルノーがノーベル文学賞を受賞した。1940年生まれの八二歳。オートフィクションと呼ばれる自伝的小説(日本式にいえば私小説)の書き手として知られる作家だけれども、正直、私も見逃していた。
だが日本語に訳された何冊かを読んでみて、わりとすんなり納得した。そうか、22年の受賞に相応しいかもね。
自伝的小説といっても、エルノーの作品は日本式の私小説とはかなり趣を異にする。父のことを描いた『場所』(1983年)にせよ、母の生涯に取材した『ある女』(1987年)にせよ、自身の体験に根ざしていても、彼女の視点は常に社会構造への問いに向かって開かれている。ノルマンディー地方の貧しい労働者と小店主の家に生まれた彼女は、苦学の末に教師になり、作家デビューもして知識人の仲間入りを果たしたが、出身階級への意識にこだわり続ける。彼女の作品を読んでいると「個人的なことは政治的なこと」という第二波フェミニズムが生んだ名コピーを思い出す。
そんな彼女の、ではどこが22年のノーベル文学賞に相応しいのか。
エルノーの小説は過去の話ではない
エルノーの作品でまず読むべきは「事件」(『嫉妬/事件』所収)である。原著の刊行は2000年。これはフランスで妊娠中絶が非合法だった1960年代の体験を詳細に綴った衝撃作だ。
1963年10月、ルーアンの大学の文学部に籍を置く二三歳の「わたし」は生理を待っていた。産婦人科で妊娠を告げられたのは11月。〈N医師は快活な笑みを見せた。「父親のいない子供のほうが、かわいいものですよ」ぞっとする言葉だった〉。
身に覚えはあった。夏休みに出会った政治学専攻の学生Pとその月、ボルドーで何度もベッドを共にしたのだ。ボルドーにいるPに手紙を書き、このままの状態でいたくないと訴えたが、彼は何の解決作も用意しなかった。そして彼女の苦闘の日々がはじまる。
法律を犯してまで中絶をしてくれる医師は見つからない。論文執筆にも身が入らない。秘密を打ち明けられる友達もいない。
12月、知人のつてでようやく中絶を引き受けてくれる老准看護婦が見つかった。勤務先の病院の休診日に、四〇〇フランでゾンデを子宮頸部に挿入し流産させてくれるという。翌64年1月、パリの彼女の自宅のベッドでそれは行われた。恐ろしい痛みが襲ったが、一度目はうまくいかず、数日後、二度目の措置が行われた。試練はしかし、ここでは終わらなかった。大学の女子寮で流産した彼女は、結局出血多量で病院に担ぎ込まれるのである。
〈妊娠中絶に触れている小説はたくさんあるにしても、それが正確にどう行なわれたかという、その方法に関する詳細を提供してはくれない〉と作品の中で彼女は嘆く。これは事実で、妊娠中絶を扱った小説は内外ともに山ほど存在するものの(それで私は『妊娠小説』という本まで書いてしまったほどである)、当事者の苦悩をここまで生々しく描いた作品は過去になかったと思う。
ちなみに「事件」は『あのこと』というタイトルで21年に映画化され(オードレイ・ディヴァン監督)、同年のベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞した(日本では22年12月に公開)。
これだけだったら衝撃的な小説と衝撃的な映画という話で終わりだったかもしれない。しかし、ここで思い出すべきは、今年6月、アメリカの連邦最高裁が、妊娠中絶の権利を認める判決を四九年ぶりに覆したことだ。恐るべき歴史の逆行。「事件」の女学生と同じような体験が、繰り返される可能性がある。つまり「事件」は、きわめて今日的な作品といえるのだ。
アメリカで中絶が憲法上の権利として認められたのは1973年。フランスで中絶が合法化されたのは75年だ。強調したいのは、この権利はタナボタ式に手に入ったのではなく、血を吐くような女性運動の結果として、ようやく認めさせた権利だった点である。
ことにフランスでは、1972年(エルノーのノーベル賞から遡ること五〇年)が歴史に刻まれる年となった。この年、有名なボビニ裁判(マリ=クレール裁判)の判決が出たのである。
裁判は、レイプされて妊娠した一六歳の少女、マリ=クレール・シュバリエの中絶に関するもので、被告は当事者のマリ=クレールと中絶を助けた彼女の母ら、合わせて五人。
じつはその前年の71年、シモーヌ・ド・ボーヴォワールらの呼びかけで、三四三人の女性が実名で「私も中絶した」と証言するマニフェストが発表されていた。いわば半世紀前の「#MeToo」運動である。カトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワーズ・サガン、マルグリット・デュラスら著名人も名を連ねた「三四三人のマニフェスト」の反響は大きかった。それもあってフランスじゅうの女性の怒りに火を付けたボビニ裁判も勝訴。75年の中絶合法化への道を開いた。運動の立役者はボーヴォワール、マリ=クレール裁判の担当弁護士だったジゼル・アリミ、ジスカールデスタン政権の厚生大臣として権利の法制化に尽力したシモーヌ・ヴェーユの三人といわれる。
『ゆるぎなき自由』はこの三人のうちの一人、弁護士のジゼル・アリミが自らの人生を語った晩年のインタビュー本である。
アリミの生い立ちは、アニー・エルノーとも重なるところがある。1927年、チュニジアの貧しいユダヤ人の家庭に生まれたアリミは、男尊女卑的家庭環境の下で反抗心を育て、子どもの頃から弁護士を志していた。パリに旅だったのは45年、学位を取得し、49年、母国チュニジアの首都チュニスで弁護士登録をした。
ボビニ裁判に関わったのは、ボーヴォワールからの電話で自ら署名し、署名集めにも奔走した「三四三人のマニフェスト」がキッカケだった。署名した女性たちのトラブルに責任を感じたアリミは、再びボーヴォワールらに呼びかけて、すべての女性の弁護を無料で引き受ける組織「ショワジール」を立ち上げた。そして七二年、ボビニ裁判が到来する。それは〈誰の目にも明らかな不正義、虐待、社会的差別の実例〉だった。〈法律そのものを告発するために、裁判官にではなく、世論に向かって、そして国中に向かって訴えるために、それは申し分のない例だった〉のだ。
裁判の過程で〈わたしは中絶しました〉〈わたしは弁護士ですが法律に違反しました〉と述べたアリミの発言はもちろんスキャンダルになったが、法廷の外からは〈マリ=クレールに自由を!〉〈金持ちにはイギリスがある。貧乏人には牢獄しかないのか!〉といった声が聞こえてくる。彼女は判事に訴えた。
〈二〇年間の弁護士生活において、会社社長や政府高官の妻、大臣の妻が中絶やその共犯として法廷に召喚されるのを見たことがありません。そうした殿方たちの愛人もそうです〉〈彼女たちは秘かにイギリスやスイス行きの飛行機に乗る。あるいはパリで、もっと快適な診療所に受け入れられる。わたしたちが関わっているのは階級裁判なのです!〉。なんて説得力のある弁護!
とはいうものの、法廷もメディアも男ばかりの環境はそもそも不平等だったとアリミはいう。あの『シャルリ・エブド』誌は〈中絶についての宣言をした三四三人のあばずれ女たちを妊娠させたのはいったい誰だろう?〉という見出しをつけた。ふざけた話である。
時代に逆行していた日本
では、日本はどうだったか。フランスでボビニ裁判が争われた1972年は、日本でも重要な年だった。優生保護法の改悪案が国会に提出されたのである。中絶を認める条文から「経済的理由」を削除する。一方、重度の精神・身体障害の原因を有している場合は中絶を認める「胎児条項」を導入する。世界が中絶合法化に向かっていた時代に日本は逆行していたわけである。
時は第二波フェミニズムの黎明期。ウーマンリブや障害者運動の強力な反対で、この法案は74年に廃案になった。しかし、それから約半世紀。中絶をめぐる現代の日本の状況も、きわめてお寒い。塚原久美『日本の中絶』を読めばそれがわかる。
明治期(1907年)に制定された刑法の堕胎罪はまだ廃止されておらず、旧優生保護法に代わる96年の母体保護法でも、中絶に配偶者の同意を求める条項は残存。中絶には保険が適用されず(先進国の多くは保険適用)、高額な費用が求められる上に、中絶の方法も旧態依然の掻爬が一般的である。一方、世界の医療の趨勢は、心身ともに負担の少ない中絶薬だ。〈海外では経口中絶薬の導入で中絶観が様変わりしつつあるようです。近年、カトリック国でも次々と中絶が合法化されているのは、かつてとは「中絶」の中身が変わったことが大きく影響していると考えられます〉。
もしかして「事件」が描く女学生にも似た心理的・身体的負担を、日本の女性は今も強いられているのではあるまいか。
〈わたしが経験したあの中絶の形式──非合法な形式──はもう過去の話に属するのだけれど、だからといって、埋もれさせてしまってもよい理由があるとは思えない〉と「事件」の中でアニー・エルノーは書いている。63年の体験をなぜ2000年に彼女は小説化したのか。けっしてそれが過去の出来事ではないからだ。ボビニ裁判の頃、彼女がどこで何をしていたにせよ、無関心だったはずがない。ボビニ裁判から五〇年、しかも米連邦最高裁がバカな判決を出した年に、「個人的なこと」を書き続けてきた作家がノーベル文学賞を受賞する。私にはナイスな選択に思える。
2017年、ノーベル文学賞にも「#MeToo」の波が及び、セクハラ事件の発覚で18年は受賞作が発表されなかったことは記憶に新しい。選考を担当するスウェーデン・アカデミーも、ちっとは反省したのだろうか。思えばボーヴォワールがノーベル文学賞を受賞していないのも、ちょっと不思議な話なのだ。
【この記事で紹介された本】
『嫉妬/事件』
アニー・エルノー/堀茂樹、菊地よしみ訳、ハヤカワepi文庫、2022年、1188円(税込)
〈フランスを代表するオートフィクションの旗手、アニー・エルノーの傑作二篇〉(帯より)。「嫉妬」(堀茂樹訳)は別れた男に別の女性と暮らすと告げられた「私」の苦悩を、「事件」(菊地よしみ訳)は中絶が非合法だった時代の「わたし」の体験を描く。いずれも一人称小説だが、過去の記憶と「書く私」の間を往復するスタイルが独特。巻末には井上たか子による「事件」の解説を収録。
『ゆるぎなき自由――女性弁護士ジゼル・アリミの生涯』
ジゼル・アリミ、アニック・コジャン/井上たか子訳、勁草書房、2021年、2640円(税込)
〈法律には馬鹿馬鹿しいものも存在する。わたしの役割はそうした法律を裁判にかけることだった〉(帯より)。刑務所でレイプ拷問を受けた女性の裁判から、中絶合法化への道を開いたボビニ裁判、パリテ法の成立を目指した政治家時代まで。数々の業績を残した弁護士が人生を語った本。本書の出版直前の20年、九三歳で死去。あまりにゆるぎないフェミニストぶりにたじろぐも勇気百倍。
『日本の中絶』
塚原久美、ちくま新書、2022年、990円(税込)
〈経口中絶薬の承認から配偶者同意要件まで、日本における中絶の問題点と展望を示す〉(帯より)。一年に一四万件も行われているにもかかわらず、制度面でも医療面でも、あまりに遅れた日本の中絶事情。WHOの「中絶ケア・ガイドライン」と日本産婦人科医会の「指定医必携」を比較するほか、避妊にアクセスしにくい現状や文化面の問題点も指摘。中絶は人権だという主張が力強い。