世の中ラボ

【第159回】
芸能人の不倫に世間が過剰反応する理由

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2023年8月号より転載。

 2023年6月のメディアは、ジャニーズ事務所の性加害問題、市川猿之助の心中未遂事件、そして広末涼子の不倫騒動の三つに席巻された感がある。いずれも芸能界がらみの事案ながら、前の二件が事件性を帯びているのに対し、広末の不倫はあくまでプライベートな事案であり、「騒ぎすぎ」の印象は否めない。
 婚外恋愛を「不倫」と呼ぶ習慣は1983年のドラマ「金曜日の妻たちへ」の頃かららしい。90年代に入るとこの語は定着、週刊誌の見出しなどで頻繁に使われるようになった。
 もっとも不倫に対する世間の目が特に厳しくなったのは2010年代以降だろう。13年には元モー娘。矢口真里の、16年にはタレントのベッキーの不倫が報道され、二人は謹慎を余儀なくされた。指弾の矛先はやがて男性にも及び、20年1月には俳優の東出昌大の不倫が、同年6月にはお笑いコンビ・アンジャッシュの渡部建の不倫(性暴力に近いような気もするが)が明るみに出た。彼らはいまだ表舞台に全面復帰してはいない。
 彼らの不倫をすっぱ抜いたのはいずれも週刊誌だった。広末涼子の不倫をスクープしたのも「週刊文春」6月8日発売号だ。双方ともに既婚者で、いわゆるW不倫だったことが衆目を集めたが、その後、広末の私信は流出するわ、夫は記者会見を開くわ、不倫相手がそれに反論するわで、ことは泥仕合の様相を呈している。
 渡辺淳一『失楽園』やR・J・ウォラー『マディソン郡の橋』など、不倫モノの小説や映画やドラマが人気を博す一方、リアル社会の不倫には不寛容な世間。現代人にとって不倫はどんな意味を持つのだろう。そして人々はなぜ芸能人の不倫に過剰反応するのか。芸能ニュースとは別の側面から、関連書籍を読んでみた。

夫の半数、妻の四分の一は経験者
 まず不倫女性の実例から。
 沢木文『不倫女子のリアル』は不倫経験のある女性10人弱の不倫事情を取材した本。30人ほどの不倫女性に話を聞いたという著者は、彼女らの特性は「4K」であるという。すなわち、経済力(稼ぐ)、キレイ(身だしなみや金遣いも含む)、軽い(気持ち、あるいは体重)、そして堅実(冷静で家庭本意)。
 中でも特に重要なのは、経済力だろう。著者の言葉を借りれば〈稼ぐ女は不倫する。自分がイニシアチブをとり、客観的に恋愛を楽しむ。それは容姿など問題ではない。子供がいようとも変わらない。経済力があれば、子供をベビーシッターに預けて恋愛に興じる時間を確保できるからだ〉という話である。
 たとえば、皮膚科クリニックを経営する42歳の女性医師。年収800万、結婚14年で、13歳と10歳の息子がいる。結婚後の夫以外の男性経験はじつに15人以上!
〈相手は患者さんの男性が多くて、年齢は55歳くらいまで。みんな社会的にも安定しているし、そこそこカッコいいし紳士ばかり〉。〈仕事に自信があって笑顔が多い。そういう人って成功しているから、私もデートしていて楽しいのよ〉。
 そう語る彼女が最初に夫以外の男性と関係を持ったのは7年前。次男が3歳のときだった。先に浮気をしたのは夫で、一瞬、激怒するも、自身の怒りを冷静に分析したところ、〈愛ゆえの嫉妬ではなく、うらやましいという気持ちだった〉。仕事と子育てで自分は奮闘しているのに、夫は何をやっているのか!
〈夫がもし浮気相手のところにいってしまっても、子供2人を大学に出すくらいの経済力もある〉と考えた彼女は、自分も恋愛に向かった。最初の相手はメーカーに勤める40代の患者。関係は半年ほど続いたが、互いになんとなく気持ちが離れて自然消滅。その後は、主にFacebookで相手を見つけた。
 あるいは、生活資材メーカー勤務15年、課長職級の地位にある39歳の女性(結婚10年、9歳の娘あり。年収600万)は、夫と付き合う前は既婚者と付き合っていた。夫とはでき婚で、夫やその家族に仕事を辞めろと責められるも、断固辞めずに出産した。夫以外の男性とはじめて関係を持ったのは娘が4歳のとき。相手は別会社の社員で、10歳上の既婚者だった。
 なんとなくホテルに行ってしまった後は〈これで私は人としてダメになってしまった……という自己嫌悪と罪悪感が襲ってきた〉が、〈その裏切りの対象が、私をさんざん苦しめた夫とその家族ですからね。それにハッと気が付いたら、心がすごく軽くなったんです。会社を辞めろとか、娘がかわいそうとか、社会通念で私を縛ろうとしていた夫たちに〝ざまあみろ〟と思ったんです〉。
 総じて本書に出てくる女性たちはみな、高学歴で高収入。不倫に対する後ろ暗さは感じられず、離婚する気もさらさらない。相手を次々に乗り換えている点からも、道ならぬ恋というよりはアバンチュール、気軽な恋愛プレイを楽しんでいる風だ。
 それでも注目すべきは、彼女らが不倫に走ったキッカケが、夫に対する怒りや不満だった点だろう。あいつが好き勝手やっているなら、あたしだって! 彼女らの背中を押し、罪悪感からの解放を促すのは、どうやら「意趣返し」の意識なのだ。
 著者によれば、妻が浮気に走る時期は二度あるという。一度目は子どもが4〜5歳になった頃。〈ある程度言葉がしゃべれるようになり、ママの後追いをしなくなり、祖父母や父親と楽しく留守番できる年齢。働く母なら、復帰後の仕事が安定してくる時期と重なる〉。二度目は子どもが10歳になった頃。〈この時期の子供は、携帯電話の操作方法も身につけ、いつでも親とメールや電話ができるという安心感があるから、多少帰りが遅くなっても対応できる〉。同時にそれは結婚10年以上の「倦怠期」で、子どもの成長と同時に、母親も外に目を向ける余裕が生まれる。
 配偶者への不満や倦怠。経済的・時間的・精神的な余裕。婚外恋愛に向かう動機と可能な環境があってはじめて人は不倫ができるのだ。
 統計の面から不倫を見るとどうなるだろう。
 五十嵐彰+迫田さやか『不倫』の副題は「実証分析が示す全貌」。〈体験ベースの知識から脱却し、学問の対象として不倫を扱うこと〉を目標に掲げ、2020年にネット上で収集された日本人の既婚者6651人への調査結果を分析した研究本だ。
 まず不倫経験者の割合からいうと、「過去に不倫をしていた」「現在している」と答えた既婚者の合計は、解答者が嘘をついている可能性も加味して計算すると、男性は51.9%、女性は24.7%。1982年の調査(石川弘義『日本人の性』、文藝春秋)で「ここ1〜2年で不倫を経験した人」が男性既婚者20.82%、女性既婚者3.79%だったことを考えると、約40年で、夫は二倍以上、妻は六倍以上に増加している計算だ。SNSや出会い系アプリが不倫しやすい環境を作った側面も大きい(男性の22%、女性の19%がネット経由で相手と出会っている)。
 属性との関連性を見ると、女性は自由になる時間が多い人ほど、男性は収入が高い人ほど不倫しやすくなる、という傾向が浮かびあがる。経済的・時間的に余裕のある妻たちが不倫に走るという『不倫女子のリアル』とも重なる結果である。
 もうひとつ『不倫女子』と重なるのは、不倫相手の属性だ。かつて不倫といえば、既婚男性が若い愛人を持つイメージだったが、現在の不倫は既婚者同士の「W不倫」がもっとも多くて、約五割を占める。既婚男性と独身女性の組み合わせは約四割、既婚女性と独身男性の組み合わせはわずか6%。職業を持つ女性の増加でW不倫が主流化する一方、経済力からいっても既婚女性が「若いツバメ」を持つまでにはまだ至っていないのかもしれない。

不倫する人は「持てる人」
 こうしてみると、W不倫の増加は恋愛プレイとしての不倫のカジュアル化と同調しているように思える。といっても民法が重婚を禁じ、「不貞行為」が離婚の理由として認められている以上、不倫が今もリスクを伴う行為であることに変わりはない。
 長谷川裕雅『不倫の教科書』は、この現状を捉え、〈W不倫は一般的には、相手が既婚であると当事者双方が認識しているのであれば、割り切った関係を維持できるため、リスクが少ないようにも感じられます〉と述べつつ、〈下手をすれば、既婚者同士のW不倫はリスクが2倍になりえます〉と釘を刺す。双方に配偶者がいる以上、発覚したら双方の配偶者から責められ、相手の配偶者からは不法行為で損害賠償を請求され、自身の配偶者からは離婚され、あげく慰謝料や養育費を支払う羽目になる可能性もあるのだ、と。
 あらためて最初の問いに戻ろう。なぜ世間は芸能人の不倫に過剰反応するのか。案外これは、道徳的に問題だとか婚姻制度を壊すとかいう以上に、不倫する人の環境や条件(経済的にも時間的にも余裕がある)に関係しているのではないか。
 冒頭で紹介した『不倫女子』の女性医師は〈結婚している男女の交際について〝社会的に許せない〟と目くじら立てる人がいるけれど、あれはモテない人のやっかみじゃないの(笑)〉という。
 微妙にムカつく発言だが、これは半ば当たっている。モテない人のやっかみではなく「持てる人」へのやっかみだ。仕事は順調、家庭も円満、高収入で自由な時間があり、そのうえ婚外恋愛までしてる? 許せねえ! という感覚である。そこから湧くのは、あいつを引きずり下ろしてやりたいというドス黒い感情だ。
 広末涼子もこの条件に当てはまる。人々は「ざまあみろ」と思いたいのだ。いくら夫の約半数、妻の約四分の一が不倫経験者でも、それは相対的に「持てる者」の特権だ。不倫に対する不寛容は、格差社会の進行とも意外と連動しているのかもしれない。

【この記事で紹介された本】

『不倫女子のリアル』
沢木文、小学館新書、2016年、814円(税込)

 

〈心の渇きを癒やすため愛を狩る女性たち〉(帯より)。著者はフリーの編集者。インタビューをもとに、九人の女性の不倫事情をレポートしたノンフィクション。女性の社会進出で経済力のある女性が増えたこと、スマホの普及で連絡が容易になったことなど、現代の不倫事情が浮かび上がる。登場するのは「勝ち組」の女たちで「いい気なもんだ」と思わせるが、その気分が不倫叩きの元凶かも。

『不倫――実証分析が示す全貌』
五十嵐彰、迫田さやか、中公新書、2023年、902円(税込)

 

〈「過ち」はなぜ、どのように起きるのか〉(帯より)。著者の二人は社会科学系の研究者。不倫経験のある既婚者への調査を元にした研究書。本文で紹介した項目以外にも、セックスの頻度は月一度程度、不倫の継続期間は平均4.12年(不倫関係の半分は2年以内に終わる)、女性は相手に肉体関係も含めた総合力を求めるが男性は肉体的な充足しか求めていないなど、興味深い知見が満載。

『不倫の教科書――既婚男女の危機管理術』
長谷川裕雅、イースト・プレス、2017年、1430円(税込)

 

〈こんなに愉しい。でも怖い。それでもやめられない人の「危機管理術」〉(帯より)。著者は新聞記者から法曹界に転じた弁護士。裁判に発展した不倫事案などを元に、不倫トラブルの実例、ダメージを最小限に抑えるリスク回避術などを記す。SNS不倫の危険性、リベンジポルノやストーカーに発展した例、妊娠や離婚にまつわる泥沼劇など、不倫のリスクは小さくないことを実感する。

PR誌ちくま2023年8月号

 

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