丸屋九兵衛

第11回:「全身に入れ墨を施した異様な風貌」のタトゥー男がタトゥー裁判を考える

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 「それは……曹植の詩ですか?」

 そう言ったのは、わたしの腕を見た居島一平だ。

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 彫り師が医師免許なぞ持っているはずがない。
 なのに、大阪府吹田市のタトゥーイスト増田太輝被告(30歳)は「医師免許なくしてタトゥーを施した」と医師法違反の罪に問われ、昨年9月に大阪地方裁判所で有罪判決が下された……が、去る11月14日、大阪高等裁判所による逆転無罪が言い渡されたことは記憶に新しい。
 健康被害への配慮を口実に暴力団摘発目的で同法を乱用し、ヤーさんと関係ない彫り師もターゲットにしてきた公的権力に対して、ようやく健全な歯止めがかかった……というのが、わたしの率直な感想だ。
 無罪判決曰く「タトゥーは装飾的、美術的な意義がある社会的な習俗という実態があり、医療を目的とする行為ではない」。
 理性的に考えればわかることである。

 この件を受けて、朝日新聞は11/24に「タトゥーと社会 多様な視点を大切に」という社説を展開。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13782909.html
 さらに11/26、「タトゥーはタブー?」なる特集も掲載した。
 朝日にとって、11月下旬がタトゥー強化週間だったのか否か。ともかく今回は、それらを受けてタトゥーについて書こうと思う。
 ただ、水道橋博士曰く「平成の荒俣宏」だが「全身に入れ墨を施した異様な風貌」であるわたしは、つまり当事者である。
 ゆえに、いつもより私的な響きを帯びた、個人的な内容となるのは許してくれたまえ。

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 タトゥーは、控えめに言っても、ほぼワールドワイドである。正確なデータはないが、高須クリニックが得意な皮切り手術よりも広範囲に普及しているのではなかろうか。

 そしてタトゥーは、歴史も古い。
 例えば、ブリテン島の先住民ピクト。そもそも「ピクト」とはピクチャーのpictであり、彼らと遭遇したローマ軍がつけた呼称だ。「全身が絵柄(ピクチャー)だらけ、だからピクト」という命名由来はほぼ確実視されている。ボディペインティングの可能性もないわけではないが、「タトゥーだらけだったのでは?」という説の方が有力だ。
 そんなピクト人と遭遇し恐れをなしたローマ軍が、侵略側であるにもかかわらず防御のために築いたのが「ハドリアヌスの壁」だ。これが現在のイングランドとスコットランドの国境の基礎となり、人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』をもインスパイアしたのだから、タトゥーの効果恐るべし。
 その頃のピクト人男性を描いた絵が傑作だ。人間のようなライオンのような悪魔のような顔が、股間と両膝に彫られていて、「そら、こんなん見たらローマ軍はビビるやろな」と思わせるだけのものはあるのだ。いかんせん後世の画家による想像だが。

 遠く離れたメソアメリカの文明も、タトゥーとピアス、その他のボディ・モディフィケーションの宝庫だ。メル・ギブソン監督の傑作映画『アポカリプト』でも描かれたように。
 さらにタトゥーは、ポリネシアが誇る伝統の一つでもある。サモア系アメリカ人のザ・ロックことドゥエイン・ジョンソンの裸体を見るがよい。「見る人が見れば、その一族の歴史がわかる」とも言われる大作タトゥーが左胸から肩にかけて鎮座しているのだ。ちなみに「タトゥー」という言葉自体、肌に刺した刃物を別の道具で叩く音を表現するサモアのオノマトペ「タタウ」から生まれたもの(異説あり)。ついでに「タブー」はトンガ語で「禁じられた」を意味する「タプ」が起源だから、先に挙げた朝日新聞社の特集「タトゥーはタブー?」は、ポリネシア的に気が利いたタイトルなのである。

 不幸なのは――もちろん、ここ日本でヤクザの象徴と見なされていることは前提だが――東アジアでは「刺青=刑罰」という印象が強いこと。
 紀元前3世紀末、楚漢戦争で活躍した黥布は、本名を英布という。囚人のしるしとして入れられた刺青を意味する「黥」が姓の「英」と韻を踏むことから付けられたニックネームが黥布である。ウィットが利いたアダ名だな。
 初期の『パタリロ!』には、「殿下」ではなく誤って「前科」と呼ばれたパタリロが「誰が刺青モンじゃい!」と応えるシーンがある。また、明治政府がタトゥーを違法とし、1948年まで解禁されなかったことも影響しているかもしれない。

 とはいえ、19世紀末のシャーロック・ホームズは「タトゥーの本場」として日本を認識していたらしい。まあ、謎の日本格闘技「バリツ」を騙ってしまうコナン・ドイルなので、信憑性は心もとないが。
 ただ、ホームズ時代の19世紀末から20世紀前半の大英帝国では、実際にタトゥーがちょっとしたブームだった。上流階級にも波及……どころか貴族・王族にも愛され、エドワード7世もジョージ5世もきっちりタトゥー入りだったのだ。

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 話は変わるが。
 わたしは生まれてこのかた――生まれた瞬間を除けば――短髪だったことがない。そのせいで、中学時代は教師に迫害されていたわけだ。
 最近の中学校の惨状も伝え聞くが、わたしが通っていた頃の中学だって酷かった。
 生徒指導担当の教師の口癖は「頭髪の乱れは、心の乱れ」だったが……こんな優等生に向かって、それを言う?

 彼らの理屈は、いつもおかしい。
 先の「頭髪の乱れは、心の乱れ」に続けて、「大切なのは中身だ、外見ではない」とも言ってのけるのだ。
 もちろん彼らとしては「大切なのは外見ではないから、そこに労力を割くな」という主張だろうが、本当に中身のみを重視するのであれば、成績優秀で素行抜群、長ランでも短ランでもなく普通の学生服を着たわたしの髪の毛が長いことなんぞにイチャモンつけんでも……。
 こうして、扱いやすいはずの優等生集団の中にも自ら敵を作っていく教師たち。今思うと、いつぞや取り上げた「偏狭リベラル」みたいだぞ。
http://www.webchikuma.jp/articles/-/1487

 こうして素行は良好なまま、社会のメインストリームからなるべく遠ざかる生き方を選択するようになったわたしが辿り着いたのが……タトゥーだったわけだ。

 我がファースト・タトゥーを見たときの、母の反応。
 「ああ、せがれが凶状持ちになってもうた!」
 タトゥーには決して賛成しないが、「他人と同じようになるな」と育ててきた責任もあるし、成人した息子にどうこうは言えない。その葛藤を古式ゆかしき用語で大袈裟に表現するのは、やはり「笑わせてナンボ」だから。ガッデム関西人メンタリティ。

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 わたしのタトゥー位置は下記の通り。
●首の両脇、僧帽筋のあたり
●左胸全面
●右腕は肩から手首まで。二の腕の内側を除いてほぼ全面
●左腕は肩、とんで前腕部の表裏を手首まで
●腹部、ヘソの上をアーチ状に 
 相当な面積に墨が入っているが、「背中はまっさら」「ヘソから下は手付かず」という二点に加えて、「スーツを着ればすべて隠れる」という妙にビジネス・コンシャスな配置であることは特記しておこう。「スーツとシャツを脱げばかなりのモンモン」と聞くウォール街の証券マンたちと同じ仕様にしてあるのだ。

 各絵柄の詳細は割愛するが、米粒写経の居島一平が注目した「曹植の詩」タトゥーについては説明の必要があろう。
 曹操の跡を継いだ息子・曹丕(魏の文帝)が、出来のいい弟・曹植を殺そうとして呼び寄せた時、その曹植(詩人)が7歩歩くうちにフリースタイルでライムした五言絶句「七歩詩」全4行の3行めと4行め。大意は「我々はもともと同じルーツから生まれたのに/なぜこんなに争うのだろう」というものだ。
 決して平和とは言えない世界情勢、特に対立が絶えない東アジアの現状を想って彫ったものである。
 ただし、読みにくいことは否めない。「お前が読めるかどうかは問題ではない。秦の始皇帝が読めるように作ってあるんだ」というパンチラインで知られる印鑑専門店に感化され、始皇帝書体を採用したからだ。
https://www.is-hanko.co.jp/shachi/purpose/names/kodawari/

 ちなみに。日本では、わたしの説明なしに理解したのは居島一平だけだが、中華圏では大抵の人がわかってくれる。シンガポールでは地下鉄内でおじいさんが驚いていたし、台湾では基本的に賞賛の的となる。茶と菓子が半額になったり、料理が一品増えたりもする。

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 裁判に話を戻すと。
 大阪地方裁判所の有罪判決は「医師法の定める医業とは、医師が行わなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれがある行為。……医学的知識や技能が必要不可欠なため、医療行為に当たると認定した。医師免許を求めることは保健衛生上の危害を防止するため合理的」という理屈だった。
 「あれが医行為だというなら、SMだって医行為だろう」というのが私の反応だったが、さらに突き詰めて「それだとセックスも医者しかできなくなるよね」と書いた人がいて、その機知に恐れ入谷の鬼子母神だった。

 わたしのようなイレズミ者は「温泉やプールに入れない」というのがもっぱらの評判である。
 しかし! 日系人ブラジル人コミュニティのある茨城県あたりではタトゥー入り人口が多すぎて、そんな規制が通用しないとか。
 このように、数によって押し切る手もあるのだ。
 かつてアメリカでも非合法だったマリファナが、その経済的プレゼンスの大きさによって合法化への道を爆走しているのと同様に。

 でもね。

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 先ほどはウォール街のビジネスマンたちについて触れた。
 今度は、とある地方検事の話をしよう。

 彼の名はマーク・ゴンザレス。
 テキサス州Nueces Countyの地方検事である。共和党が推す白人男性が務めることが多かったその役職に就いた彼は、メキシコ系アメリカ人であり、バイカー集団のメンバーであり、そして全身タトゥーだらけである。
https://www.youtube.com/watch?v=h8iMf78qeEg

 マーク・ゴンザレスは地方検事選出に際して、対立候補に「こんなタトゥーだらけの男が検事にふさわしいわけがない」と言われたという。その時、彼は自分の胸にあるnot guiltyというタトゥーについて、「有罪と証明されるまでは誰もが無罪である」という大原則に忠実であることの表れであり、むしろ全ての裁判関係者がそのハートに刻み込むべきものだ、と見事に反論。

 こうして彼は選ばれたのだ。

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 60年代末のUKにて。
 貴族院でタトゥー禁止令が検討されたという。「若い犯罪者の4割がタトゥーを入れているから」と。
 しかし、二人の貴族院議員が「我々は若い頃にタトゥーを入れたが、それのせいで犯罪に走りなどしなかった」と反対し、お流れになったのだ。

 だからね。
 どちらが「因」で、どちらが「果」か。あるいは、そもそも因果関係があるのか。
 理性的に考えればわかることではないか?

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