丸屋九兵衛

第19回:Amazonプライム『ザ・ボーイズ』。話題のドラマに学ぶ、現実というディストピア

オタク的カテゴリーから学術的分野までカバーする才人にして怪人・丸屋九兵衛が、日々流れる世界中のニュースから注目トピックを取り上げ、独自の切り口で解説。人種問題から宗教、音楽、歴史学までジャンルの境界をなぎ倒し、多様化する世界を読むための補助線を引くのだ。

 わたしは『怪獣VOW』が好きでたまらなかった。中でも、ところどころに挟まれる「特撮ヒーローたちの設定を科学的に検証するページ」が特に。

 そこから華麗にスピンオフしたのが柳田理科雄の『空想科学読本』シリーズだ。その後、手厳しい批判に晒されたことも承知しているが、しかし、科学的マインドで試みた特撮番組やアニメの分析を、知的かつリズム感のある文章で書き綴った名著として、わたしの脳内には確固たる地位を築いている。

 そんな我が『空想科学読本』マインドを刺激したのが、Amazonプライムのドラマ『ザ・ボーイズ』だ。
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 場所はニューヨークの路上。
 超高速で疾走するヒーロー「Aトレイン」に衝突され――というよりも「通過」され――たため、瞬時にして血と肉に分解され、赤黒い液体として道路に飛び散った女性。直前までイチャイチャしていた彼の手元に残るのは、彼女の前腕部のみ。

 このシーン。
 『空想科学読本』で検証されたモロモロを、軽妙な筆致でユーモラスに描くのではなく、本気で映像化したらこうなるのではないか?
 かくしてわたしの心を捉えた『ザ・ボーイズ』だが、見進めるうちに「スーパーヒーローものにしてディストピアもの」という特殊なジャンルの金字塔として語っておかねばならない、という思いに駆られた。

 そもそも、このディストピアは絵空事だろうか?
 別のドラマから引用するなら……『ゲーム・オブ・スローンズ』で「赤い女」ことメリサンドルが言ったように、「地獄は一つしかない。それは我々がいま生きているこの世界」。つまり、フィクションに描かれたディストピアは結局のところ現実世界の写し絵であり、その意味でいま最も突き抜けているのが『ザ・ボーイズ』ということである。

 そんなわけで今回は突然、Amazonプライムのドラマ『ザ・ボーイズ』を語る特別編。内容に言及する部分多数なので、ご注意あれ。

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■超人リアリズム

 Garth EnnisとDarick Robertsonによる同名コミック(2006〜2012年)を原作に、設定を思い切りよく改変してドラマ化した『ザ・ボーイズ』。Amazonプライムで、2019年7月26日に第1シーズンの全8話が同時にアップされた。その出来映えに確信を得ていたのか、配信1週間前にAmazonは第2シーズン製作を決定。当方も、続きを待っている状態……というわけだ。

 先に挙げた『ゲーム・オブ・スローンズ』を「中世リアリズム」と評した人に倣うなら、『ザ・ボーイズ』は「スーパーヒーロー・リアリズム」と言えようか。
 そのリアリズムとは、まず科学的な面だ。先ほど挙げた追突事件に加えて、この世界にはスーパーヒーローと関わったことで傷ついた人々によるアノニマス会(ほら、ドラッグ中毒者が過去を告白して支えあったりするアレ)がある。そんな会で、体を凍結させる能力を持つ女性スーパーヒーローとメイクラヴした過去を持つ男が告白する場面があり、その内容も凄まじいものだった。
「クライマックスの瞬間、彼女は思わず凍結してしまった。たった1秒のことだけど、マイナス210度だ。その時、僕はまだ中にいた。だから……とれた」
 『空想科学読本』マインドが導く惨劇、パート2である。

 もう一つのリアリズムは、人間の内面に関わる話だ。
 マーベルであれDCであれ。正統派アメコミのスーパーヒーローたちは――それぞれに欠点はあるにしても――基本的には善玉である。だって、それはマーベルであり、DCなんだから。
 だが、君たちと変わらず本当に人間臭い本物の人間たちが、超人としてのパワーを手に入れ、ヒーローと崇められ、チヤホヤされたらどうなるか? エゴと虚栄心だらけの傲慢なセレブリティにしかなり得ないではないか!
 そんな性悪ロックスターのようなスーパーヒーローが全米で200人強もいる世界。全てヴォートという会社に所属し、ヴォート社はヒーローたちをブランドとしてマネージメント、映画やコミックやイベント、衣料から食料品に至る関連商品を通じてマネタイズしている。そんなヒーローたちの中でも最強の7人が「ザ・セヴン」だ。
 彼らヒーローは生まれつき(あるいは「神によって選ばれて」)超常能力を持っていることになっているが、実際には、それらの能力は幼児期に謎の薬品「コンパウンドV」を注入することによって得られたもの。その秘密を知っているのはヴォート社上層部と、一部のヒーローたちだけのようだ。

 超常能力を持つ傲慢セレブでしかないスーパーヒーローたちが道を踏み外した時。彼らをお仕置きするのが、一般人たちによる仕事人グループ「ザ・ボーイズ」である。「……このドラマタイトル、検索上めちゃ不利なんちゃうか?」と思ったが、豈図らんや、Amazonプライム史上最大のヒットとなった。

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■企業という名のビッグブラザー

 スーパーヒーローたちは悪い。だが、それを上回る巨悪がヴォート社である。

 最高峰超人集団「ザ・セヴン」のリーダーは、ホームランダー(Homelander)。その名を意訳すれば、「ザ・祖国マン」となろうか。キャプテン・アメリカとスーパーマンを足して、だいぶ右に傾けた感じである。大衆には「最強ヒーロー」「アメリカの象徴」と持て囃される男。
 このホームランダーは、ヴォート社に対する不満を隠せずにいる。「彼らは普通の人間だ。コーネル大学を出ただけの、スーツを着た空虚なビジネスマンたち。そんな彼らの指示に、なんで我々が従わねばならないんだ?」と。
 会社に所有されるヒーロー。これはフィクションではない。

 個人主義大国と見なされがちなアメリカだが、その実、大企業の論理が優先される国でもある。
 特にコミック業界は、会社の都合ばかりが先に立ち、作家個人の権利が語られない世界だった。90年代、それに辛抱堪らなくなってマーベル社から独立し、『スポーン』で大成功したのがトッド・マクファーレンである。
 彼が道を切り開いて以降、「作家自身が権利を保持する」&「マーベルやDCでは絶対に許されない類の暴力&性描写に挑戦する」コミックが増えた。そんな『スポーン』道の後輩にあたる『ザ・ボーイズ』は、同時に、アメコミ業界そのものを題材としたメタなパロディ作品とも言えるのではないか。
「人々はチームが好きなの。スーパーヒーローがチームを組むと、ハッシュタグ投稿が23パーセント増える」というセリフも登場するのだから。『アベンジャーズ』と『ジャスティス・リーグ』への揶揄であろう?

「ブランドとしてのキャラクター」「企業による支配」「事実より優先されるストーリー性」といった点で劇中のスーパーヒーロー・ビジネスと共通する業界がもう一つある。
 アメリカン・プロレスだ。
 『ザ・ボーイズ』の原作が書かれた00年代後半は、「ステロイドの長期使用がプロレスラーの精神に与える影響」が特に取り沙汰されていた時期。そのことを思い出しながら、ドラマを再度見てみると……例のコンパウンドVはスーパーヒーローを生み出す根源的な物質であると同時に、ヒーローたちにとってのステロイドであり、さらには娯楽用ドラッグのような向精神性効果もあるのだ!
 そう、冒頭で述べたAトレインによる路上の惨劇は、コンパウンドVによる酩酊時の出来事なのである。もっとも原作でそれが描かれたのは、クリス・ベノワの悲劇より前なのだが。

 ザ・セヴンの新メンバーとなった女性スーパーヒーロー「スターライト」は、専属ライター陣によって勝手なバックストーリーを付与され、路線変更を迫られる。これまた企業に支配される個人の戯画化であると同時に、その名と裏腹にリアリティではなくスクリプトが重視される「リアリティ番組」に対する風刺でもあるかもしれない。
 特に興味深いのは、「トランスフォームして大人になったスターライト」として露出度が高い衣装への変更を強要される場面。スタッフたちは口々に言う。「これでこそフェミニスト」「肌の露出を恐れないという自信がエンパワーメント」と。
 女性が肌を晒さねばならんのもエンパワーメント? 「多様性を認めない杉田水脈が自民党の議員であることも多様性」という右側の屁理屈のようでもあり、新しい言葉を覚えたての子供よろしく「エンパワーメント!」を繰り返すリベラル気取りのバカどものようでもあり。

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■右曲がりのヒーローたち

 ノーマン・スピンラッドが「アメリカに亡命したアドルフ・ヒトラーによるSF」という設定のメタフィクショナル歴史改変小説『鉄の夢』を書いたのは、時としてSFやファンタジーがナチスの人種差別イデオロギーと紙一重となりうることを示すためだった、という。
 ……という話を始めたのにはワケがある。実は、『ザ・ボーイズ』世界のコンパウンドVも(原作では)ナチスドイツの技術に由来するものなのだ! 確かに、優生学ならお手のものだよな。

 そんな形で始まった『ザ・ボーイズ』世界のヒーロー産業は、右派勢力との繋がりが生命線だ。
 同性婚に反対し「祈りでゲイを治す」と主張、大規模なキリスト教原理主義系布教イベントを主催する当世風牧師系スーパーヒーロー「エゼキエル」が登場するし、原作のスターライトはもともと正しいキリスト教徒として生きる10代ヒーローチーム「ヤング・アメリカンズ」のメンバーだった。

 その「キリスト教原理主義系布教イベント」にスターライトと共に参加するのが、キャプテン・アメリカ同様に米国カラーが目印のホームランダー(ザ・祖国マン)である。
 赤と青のコスチュームに身を包み、星条旗マントを羽織った彼は、やたらと「アメリカらしさ」を強調するキャラクターと見える。「子供の頃から野球に興じ、『少年探偵 ハーディー・ボーイズ』シリーズを愛読していた」ことになっているし、「この偉大な我が祖国」「ゴッド・ブレス・アメリカ!」を繰り返す。
 ここまでは「右寄りなアメリカン・ヒーロー」そのもの。だが、実際には自国のことすら考えていないことが、やがて明らかになる。自分たちがアメリカ軍内に地位を築くためには、スーパーヒーローしか戦えないような強大な敵の存在が必要……そう考えたホームランダーは「ジハード主義者たちにコンパウンドVを打ちまくり」、テロ組織版のスーパーヒーロー(複数)を作り上げたのだ。
 これはもちろん、現実世界のアメリカとイスラム圏の反米勢力との関わりをなぞったもの。「アメリカの敵」と目されたサダム・フセインもアルカイダも(ISILも?)、もともとはアメリカが(その時々の都合で)自分たちのために育成・援助した勢力だったから。
 第1シーズン終盤に登場するテロリスト・スーパーヒーローがNaqib(ナキーブ。「キャプテン」の意味)という名であり、それを知ったCIAが「キャプテン?! じゃあテロ組織をレプリゼントするスーパーヒーローがいるのか!」とすぐに悟るあたりも、キャプテン・アメリカへの当てつけとして素晴らしい。

 なお、アメリカン右翼/キリスト教原理主義者/白人保守派の皆さんは、当然ながら『ザ・ボーイズ』に対して反発を見せている。「また #MeToo か」「白人男性が邪悪に描かれている」「キリスト教をコケにしやがって」等々。

 一つ言っておくと、自分たちがコケにされていることを理解するには、ある程度の知性が必要だ。『愛國戰隊大日本』を愛した杉田水脈を見よ。

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■芸能人の悲哀

『バットマン』の舞台である都市ゴッサムは、時として「間違った道を歩んだニューヨーク」と形容される。それに倣っていうなら、『ザ・ボーイズ』は「ほぼ全ての側面で間違った道を歩んだスーパーヒーローもの」である。
 例えば、今のところドラマでは主演映画が言及されるくらいだが、原作ではかなり活躍しているスーパーヒーロー・チームが「Gメン」。もちろん『Xメン』のパロディである。
 ということは、『Xメン』のプロフェッサーXに当たるチームの世話人がいるわけだ。彼の名はジョン・ゴドルキン(John Godolkin)。Godolkin配下だからGメン、である。だが、このゴドルキンは、少年少女を誘拐しては性的虐待を加え、チームの一員になることを強制してきた悪辣世話人。あああ、ロクでもない……。あらゆる点でプロフェッサーXの対極とも言える存在だ。

 原作内のGメンはやや特殊なチームで、ヴォート社から半ば独立した存在として描かれている。が、ここではもう一度、ヴォート社とヒーローたちの関わり方を見てみよう。
 ヴォートは、スーパーヒーローたちのマネージメント会社でもある。だが、ヒーローたちと会社の関係は、アメリカ流儀の音楽アーティスト・マネージメントとは、だいぶ違うように思えるのだ。
 わたしの友人で、アメリカでもアジアでも仕事をしてきた韓国系アメリカ人の音楽プロデューサーがいる。彼の名言を引用しよう。「世界のほとんどの国では、マネージメント会社がアーティストのために働くのであって、その逆ではない。ただし、韓国と日本は別だ」。
 そう、映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』でも明らかだったように、「アーティスト側が、自分のエージェントとしてマネージャーを雇う」のがアメリカ的発想である。なのに、『ザ・ボーイズ』のスーパーヒーローたちは、ヴォート社に飼われ、囲い込まれている。これではまるで……東アジア某国のアイドルではないか!

 ドラマ内では、「D級ヒーロー」と評されるセクシー系女性超人が、大家さんから家賃の支払を催促されるシーンがある。売れないアイドルの悲哀を感じさせる瞬間だ。
 そもそも『ザ・ボーイズ』の世界では、全米にスーパーヒーローが200人以上いる。ミスコンよろしく、子供を超能力者コンテストに出場させたがる親もいる……ということで、供給過剰なアイドル市場のごとき様相を呈しているぞ。

 アイドルといえば……。
 先に言及したスターライトは初々しい正義感ゆえに、ヴォート中枢部とザ・セヴンの実態を知って幻滅するが、しかし、やはり正義を追求することを決意。だがその結果、マネージャーに叱責され、重役に糾弾され、ヒーロー仲間からは吊るし上げられ、生命の危機にすら直面することになる。
 おお、それは……「自身が危険な目に遭ったグループ・メンバーが組織の不正を暴くことになり、その結果、組織により断罪され、追放される」というパターン。
 なんだか、新潟あたりで聞いたことがあるような。

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■例によって……

 いつものことだが、日本語字幕には気をつけた方がよい。

 例えば「Aトレインのスピードは時速1000マイル以上」というアナウンスが、「時速160kmに達する」と訳されていた。
 実際には時速1600km強だ! 1ケタ違う! こんなミス、よく放っておいたな。