ミン・ジン・リー『パチンコ』が話題になっている。原著が出版されたのは二〇一七年。「全米図書賞」の最終候補に残り、オバマ元大統領も推薦したという、全米ベストセラーである。
タイトルからも想像される通り、上下二巻のこの長編小説は、在日コリアンの親子四代にわたる物語である。
いっしょくたにするのは乱暴かもしれないが、アメリカではときどき、この種の「アジアもの」がベストセラーになるんですよね。古くはパール・バック『大地』(一九三一年)。ちょっと前だと、ユン・チアン『ワイルド・スワン』(一九九一年)とか、アーサー・ゴールデン『さゆり』(一九九七年)とか。
とはいえ、英語で書かれ、アメリカ人の心を揺さぶった在日コリアン小説と聞けば、やはり気になる。作者はソウル生まれ。一九七六年、家族とともにニューヨークに移住し、アメリカの大学を卒業して弁護士になった在米コリアン。〇七年から一一年まで、夫の転勤によって東京で暮らした経験があり、本書はそのときの取材をもとに書かれたという。さて、どんな小説なのだろう。
読み心地は外国文学
物語は植民地時代の朝鮮、釜山に近い影島からはじまる。
一九三二年、もうじき一七歳になる主人公のキム・ソンジャは、父亡き後、母のヤンジンと下宿屋を営んでいた。そんな彼女が恋した相手は、三四歳のコ・ハンス。大阪に住む在日コリアンで、海産物の仲買をやっている人物だった。
ところがソンジャが妊娠すると、彼は〈大阪に、妻と三人の子供がいるんだ〉と打ち明けた。〈きみに不自由はさせないよ。しかし、結婚はできない。いまの妻と日本で正式に結婚している〉〈きみにちゃんとした家を探してやろうと以前から思っていた〉。
三人の娘の父親であるハンスは息子が欲しかったのだ。しかしソンジャはハンスの愛人になることを拒否し、ハンスはそのまま姿を消した。ソンジャを救ったのは、若き牧師のパク・イサクだった。頑としてお腹の子の父親の名を明かさないソンジャにイサクは結婚を申し込んだ。一九三三年、ソンジャはイサクと結婚し、大阪の教会に職が決まっていた夫とともに海を渡った。大阪ではイサクの兄のパク・ヨセプと妻のパク・キョンヒが温かく迎えてくれた。
すでに波乱含みだけれども、ここまではまだ導入部。
生まれた子どもは男の子でノアと名付けられ、六年後には次男のモーザスも生まれたが、その直後、思想弾圧でイサクが逮捕されてしまう。ソンジャとキョンヒは焼肉店の一角でキムチや惣菜をつくる仕事をしながら、協力して子育てをしていたが、三年後、帰ってきたイサクは弱り果てていた。
イサクはまもなく絶命した。戦況が悪化した四四年のある日、ソンジャは働いている焼肉店で、ハンスに再会する。〈どうしてここに〉〈これは私の店だからね〉。
ハンスは一家に地方の疎開先を世話し、影島から母のヤンジンも呼び寄せた。〈いまあなたの力を借りてるのは、ほかにどうしようもないからよ。戦争が終わったら、わたしが働いて息子たちを育てます〉といいはるソンジャをハンスはたしなめた。〈戦争が終わったら、きみたちが住む家を探そう。子供たちに必要な金は渡す〉〈お母さんやお義姉さんも一緒に住んでもらうといい。お義兄さんにもよい仕事を紹介しよう〉。終戦後、一家は大阪に戻る。
と、ここで上巻は終わり。下巻では、成長したソンジャの息子、ノアとモーザスが物語を牽引していくことになる。
日本を舞台にした在日ファミリーの物語でありながら、なにか遠い国のお話のよう。読み心地は完全に外国文学だ。思想統制や戦争や差別や貧困の一端もたしかに描かれてはいるのだが、登場人物はみなそれぞれの論理で生きており、極悪人はひとりもいない。男たちに聖書の人物の名前が使われているあたり、根底にはキリスト教的人道主義の精神が流れているのかもしれない。
その意味では「甘っちょろい」ともいえるのだが、戦後編に当たる下巻のドラマもなかなか読ませる。成績優秀な兄のノアは日本人として生きていくと幼い頃から心に決めており、早稲田大学に進学する。勉強が好きではない弟のモーザスは高校を中退し、在日の同胞が経営するパチンコ店に就職した。
ハンスとノア&モーザス兄弟をつなぐ鍵がパチンコである。ハンスはパチンコ店や焼肉店を何軒も経営し、闇社会ともつながりのある実業界の大物である。モーザスはパチンコ店で商才を買われ、めきめき頭角を現してゆく。ノアだけはパチンコ店を軽蔑していたが、学費を出してくれたハンスが実の父だったと知り、行方をくらましてしまう。〈やくざは日本で一番下劣な連中だ〉と彼はいう。〈最底辺のコリアンはみんなそういった集団に属してる。僕はやくざに学費を出してもらってた〉。
ところが大学をやめた傷心のノアが、ふらりと訪れた長野で紹介された職場もパチンコ店だった……。
アメリカでこれが受けたのは、パチンコという日本固有のゲーム店のインパクトもさることながら、やはり人間ドラマとしてのおもしろさゆえだろう。小説は誰も断罪しないし、どの民族もどんな思想も糾弾しない。在日の特殊事情に拘泥しなければ、そこにあるのは世界中の移民に共通した迫害の歴史と、それをはねのけた人々の物語である。移民の国で共感を得たのは当然かもしれない。
多様性の時代の新しい在日文学とは
もう一冊、これに類する作品を読んでみたい。
深沢潮『海を抱いて月に眠る』。こちらは在日一世の波瀾万丈な人生を描いたサスペンスフルな作品だ。
九〇歳で死んだ在日一世の父・文徳允。その葬儀に見知らぬ人物が来ていた、というところから物語ははじまる。ひとりは妙齢の美女。もうひとりは「アイゴー」と泣く老人。娘の文梨愛は驚く。父の死をここまで嘆き悲しむ人がいるなんて。
梨愛は後に知ることになるのだが、父は大学ノートで二〇冊にも及ぶ手記を残していた。そこに綴られていた驚くべき事実。
父は一九三二年、植民地時代の慶尚南道・三千浦に生まれ、本名は李相周だった。解放後、労働者のデモやストライキに参加していたが、戒厳令が出てアカ狩りがはじまった。身の危険を感じた彼は、旧制中学の同級生、姜鎭河、韓東仁とともに、日本に向かう密航船に乗った。ところが船は対馬沖で遭難。九死に一生を得た三人は、日本で生きていくための身分証となる米穀通帳を手に入れた。そこにあった名前が文徳允だった。当時一六歳だった相周は、以後、五歳も年上の文徳允として戦後を生きてきたのである。
葬儀に現れた人物のひとりは獄死した密航仲間・東仁の娘。もうひとりは父と同じく偽名で生きてきた鎭河その人だった。家族さえも知らなかった父の人生。物語は梨愛の視点と父の手記を行き来しつつ、南北朝鮮の分断、朴正煕の軍事クーデター、金大中拉致事件などを織り込みながら進行する。日本で韓国の民主化闘争を闘った人にしては父の手記が甘すぎないかなど、瑕瑾をあげればきりがない。ただ、この小説も『パチンコ』同様、戦後史を俯瞰する視点があり、人間ドラマとしておもしろい。
従来の在日文学は概してアイデンティティの問題と深く結びついていた。李良枝『由熙』(一九八九年)も、鷺沢萠『君はこの国を好きか』(一九九七年)も、金城一紀『GO』(二〇〇〇年)も、深沢潮『緑と赤』(二〇一五年)も、崔実『ジニのパズル』(二〇一六年)も。内面の葛藤を描くのは文学の真骨頂だから、それはそれでよいのだが、広がりに欠けていたのは否めない。
その点、異色の在日文学というべきは李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』だろう。タイトル同様、この小説は内容も不穏である。書きだしは〈排外主義者たちの夢は叶った〉だ。
舞台は二〇××年の日本。日本初の女性総理大臣は極右思想の持ち主だった。特別永住者制度は廃止され、外国人への生活保護は違法、公的文書での通名使用は禁止、ヘイトスピーチ解消法も廃止され、パチンコ店も韓国料理店も多くが廃業に追い込まれた。
在日三世の柏木太一は仲間を募って、合法化された差別と暴力に立ち向かうべく計画を練る。はたしてその方法は……。
ここに描かれた日本の姿は、読者を奈落の底に突き落とす。排外主義が横行する現在の日本への対抗言説として、この作品が提出されているのは明らかだろう。一種のショック療法だ。
なんだけど、小説として成功しているかどうかとなると、かなり微妙。読者はここから何を得るのだろう。憎しみの連鎖か?
新しい在日文学が現れてほしいと願う理由のひとつは、現在が多様性の時代だからだ。戦後七十数年が経過して、在日のありようも一様ではなくなっている。もうひとつの理由は、にもかかわらず差別の解消にはほど遠い現実が片方にはあり、もう片方には歴史を知らない若い世代が増えているからだ。
『パチンコ』の末尾近くで、アメリカに留学したソロモン(モーザスの息子)のガールフレンドは叫ぶ。〈アメリカじゃ韓国人も朝鮮人もないわよ〉〈日本人はどうしていまだにコリアンの住人を区別しようとするわけ? 何世代も前からずっと日本に住んでる人たちなのに。あなただってこの国で生まれたのよね。そのあなたが外国人って、どういうこと? どうかしてるわよ〉。
彼女はシアトルで生まれた在米コリアンだ。外から見れば、たしかにそうだよね。「外国文学」だからこそのリアリズムというべきか。同じショック療法なら、こっちのほうが有効に思える。
【この記事で紹介された本】
『パチンコ』上下
ミン・ジン・リー、池田真紀子訳、文藝春秋、2020年、各2400円+税
〈夫ではない男の子供を宿し、彼女は日本に渡ってきた――壮大な物語が、ここからはじまる。〉(帯より)。1910年から89年までの在日ファミリー四代を描いた大河小説。全米で100万部を売り、ドラマ化も決定している。日本人との確執がほとんどなく、物語にはご都合主義の点も散見されるが、ノアやモーザスはドラマで人気が出そうなタイプ。中高生でも楽しく読める。
『海を抱いて月に眠る』
深沢潮、文藝春秋、2018年、1800円+税
〈感動で全身が震える傑作。国家と民族に翻弄される人々の中に愛のリアリティーがある。佐藤優〉(帯より)。在日一世の父には隠された過去があった。韓国の民主化に心を砕く一方、家族のことはほったらかしの父に妻や子どもは反発心を抱いていたが……。物語の内容は完全なフィクションだが、文徳允の人生には作者の実父の体験も生かされているとか。日韓の現代史も学べる好編。
『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』
李龍徳、河出書房新社、2020年、2300円+税
〈世界は敵だ。希望を持つな。〉〈生きるための場所を奪いあう世界に、新世代屈指の才能が叩きつける渾身の問題作。〉(帯より)。排外主義とヘイトクライムが常態化した「もうひとつの日本」で七人の若者が立ち上がるディストピア小説。救いのない結末に向けて炸裂する怒りのエネルギーには圧倒されるが、議論の場面が多く、理に落ちているなど、物語としての興奮には欠ける。