加納 Aマッソ

第41回「嘘をつきました」

 夜に作業場でネタを書いていると、ある人からの着信が鳴った。その人とは数時間前まで打ち合わせをしていたので、なにか言い忘れたことがあったのだろうと思った。が、用件は思っていたのとは違った。
「さっき、〜と言ったことなんですが、すいません、嘘をつきました。本当は〜ではありません」
 驚いた。大人になってから、こんなストレートな謝罪の言葉を聞いたことはなかった。電話の動機はおそらく、近いうちに私が別の人物から真実を聞き、自分がついた嘘がバレることを危惧したか、あるいは、私に話している途中から心にじんわりと自己嫌悪が広がっていき、時間が経つにつれて看過できなくなったということなのだろう。いずれにしても、普通であれば前後に「これにはわけがあって」「不本意だった」などと言い訳をくっつけてしまうはずである。責任の所在が重要な意味をもつ仕事上の会話ならなおさらだ。それが、簡潔に「嘘をつきました」である。うわあ。なんて潔いのだろう。そしてなんて無駄がないのだろう。すごい。わざわざ電話で伝えてもらわなければならないほど大した内容ではなかったが、とても神聖な言葉を聞いたような気がして、感動すら覚えてしまった。
 しかし、正直に謝ってくれたその人に対して、私は淡々とした口調で「とんでもないです」と言った。条件反射に近かった。言った直後に、え? とんでもないです? と思った。もちろん、用法としては間違いではない。ネットで「とんでもないです 使い方」と調べれば「謝られた時」と出てくる。にしても、少し冷たくないか? 大人が大人に改まったトーンで意図的な嘘をついていたことを告白するのは、なかなかの勇気が必要だったに違いない。だからこちらも、それに見合う重さで「許容の意」を伝えたかった。あの清らかな告白に、私も澄みきった誠実な言葉で返したかった。なのに私は「とんでもないです」以外の言葉を持っていなかった。いやいやいや。そんなそんなそんな。大丈夫です大丈夫です。軽い言葉を繰り返すことで、気にしていないことをアピールすれば良かっただろうか。だがそれだと、「それぐらいのことで気にしすぎだよ」と、電話をかけてきた行為自体を揶揄していることにならないか。相手に「電話しないほうがよかった」と思わせてしまっては元も子もない。かと言って「わざわざ電話いただいてありがとうございます」では、懐の大きさを見せたすぎる奴になって、ちょっとやり過ぎな気もする。むずかしい。私は、何と言えばよかったのだろうか。

 電話を切ったあともぐるぐると考えてしまい、やがて怒りの矛先は日本語そのものに向いた。
 ちょっと、日本語。あんたさ、だいぶ長い歴史を歩んできたんじゃないの? 人とともに生きて、片時も離れずそばにいたんでしょう? 人は生まれてから死ぬまで数えきれないほど謝るの、知ってるでしょ。謝罪なんて全然イレギュラーじゃないの。じゃあなんで? なんで受けの言葉が全然発展してないの? おかしいでしょ? どうせなら罪の数だけ用意しとくべきでしょ。温度も抑揚もない定型文で「とんでもないです」なんて私に言わせて。そのせいで心の機微がわからない鈍感な奴だと思われたんですけど? ていうか「とんでもない」ってなに。「とん」って意味わかんないまじで。なに? 言葉の抑揚はそっちでつけろ? 今そんな話はしてないの! 芸人だから表現力がどうとか今は関係ないの! ほんと、関係ない余計な汚い言葉ばっかり増やしてさ。そんなことしてないでこっちのバリエーション考えてよ! とんでもねぇです? とんでもござぁせん? は? ナメてる? おい、ナメてんのか? 答えろ、ほんまお前は腹立つな、お前やお前! ボケが、あほか、すかたん、でく、あらくったいな、ええかげんにしいや、頭わやなんか、え? どんなけあんねんこっちは、せやろ、おい、ぼんくら、 聞いてんのか? 聞いてる? パチこくな!

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