世の中ラボ

【第140回】
コロナ不況下で浮揚した積極財政論を学ぶ

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2021年12月号より転載。

 10月31日の衆院選が終わった。
 事前の予測では、自民党は大幅減、野党四党(立憲民主・共産・社民・れいわ新選組)の共闘で政権交代をめざした野党は票を伸ばすだろうといわれていたが、蓋を開ければ、自民は微減の261(公示前は276)、公明32(29)で、与党は絶対安定多数を確保。一方の野党は政権交代どころか、立憲96(109)、共産10(12)と議席を減らす結果になった。
 この選挙で「勝った」といえるのは既存の与党にも野党にも乗りたくない層をつかんだ維新(11→41)、国民民主(8→11)、れいわ(1→3)だろう。中でも維新の躍進は驚異的で、このままだと日本中が「大阪化」すると懸念する声もある。
 ともあれ、惨敗した立憲の枝野幸男代表は辞任を表明。また小選挙区で落選した自民の甘利明幹事長も辞任し、安倍・菅時代とは少し違った形で国会がスタートすることになる。
 ところで、この選挙の大きな焦点は経済政策の転換だったと私は思っている。前号で見たように、岸田文雄首相と枝野代表は自著でともに「新自由主義からの脱却」を掲げ、緊縮財政から積極財政に舵を切ると表明した。実行できるかどうかは別として、これは与野党ともに驚くべき方針転換といえる。この国の政党で「改革」という名の新自由主義に固執しているのは、いまや維新だけ。その維新が躍進し、与党にも野党にも緊縮財政論者がまだ多いのがこの国の現状とはいえ、90年代以来の「緊縮音頭」に踊らされてきた有権者もこの機に少し発想を変えたほうがいい。
 反緊縮については以前のこの欄でも取り上げたけれども(2019年10月号)、昨年来のコロナ禍で、その重要性はいよいよ高まっている。積極財政(反緊縮)とはどんな政策なのだろうか。

諸悪の根源は財政再建論
 最初に、田原総一朗と藤井聡の対談『こうすれば絶対よくなる!日本経済』を読んでみたい。21年4月刊。新型コロナウイルスの影響で経済の悪化が顕在化した頃の本である。コロナ不況下で藤井が提言する経済政策は四つあるが、特に重要なのは①「プライマリーバランス規律の撤廃」と、②「消費税0%」の二つだろう。
 まず、プライマリーバランス(国の財政収支)について。プライマリーバランスが黒字なら健全財政、借金(国債)頼みの赤字財政は不健全だと私たちは叩き込まれてきた。日本の収支は赤字続きで、いまや「国の借金」は1200兆円、この累積赤字を減らさなければ日本は財政破綻するという話も耳タコである。
 しかし藤井は、その「常識」こそが諸悪の根源だという。〈たしかに、家計の借金ならば、ゼロにしなければいけません〉。〈ところが、政府の借金というのは、年々増えていくものなんです〉。
 日米英の債務残高を示すグラフをみれば、近代国家の成立期(17~19世紀)から今日まで、三国とも借金の累積額は右肩上がりで増え続けている。つまり財政赤字が増えるのは「正常な状態」であって、実際、プライマリーバランスを恒常的に黒字にしようとした国はどこにもないし、それで破綻した国もない。
 なぜかといえば〈日米英が国家だから、政府だからです〉。〈政府がカネを作り出して供給できる機能を持っているからです〉。
 当初は半信半疑で聞いていた田原が徐々に説得されていくのがおもしろい。個人も家庭も企業も、借金が膨らんでしまったらヤバい。しかし〈政府だけは別で例外。なぜならば通貨を発行できるからなんだ〉(田原)。〈おっしゃる通りです〉(藤井)。
〈誰かの赤字は誰かの黒字。政府の財政赤字は、民間への貨幣供給です〉。企業の場合は借金が膨らんで銀行から見捨てられれば倒産するが〈中央銀行が中央政府を見捨てることは、原理的にありえません〉。デフレ脱却のためには、適度なインフレになるまで財政支出を増やす(国債を発行する)。当たり前の話である。
 消費税についてはどうか。〈日本のデフレをここまで深刻化させたのは“消費税の増税”です〉と藤井は断言する。
 日本経済が長い低迷期に入ったのは1997年、バブル崩壊で経済が縮小しているなかで、橋本龍太郎内閣が消費税を3%から5%に上げたのが原因だった。もしこれがなかったら、平均年収(現在は450~500万円)は1000万円前後に到達し、格差や貧困もここまでひどくはならなかったはずだ、と藤井はいう。だが安倍政権は消費税を14年4月には5→8%に、19年10月には8→10%に上げ、そのたびに消費は冷え込み、実質賃金は著しく下落した。だから〈大至急、消費税増税の凍結、つまり「消費税0%」を実現すべきだ、と申し上げています〉。
 藤井は12年から6年間、安倍晋三内閣の参与だった人である。消費増税に反対して参与は辞めたが、与野党のリーダーにレクを続けた結果、安倍も麻生も菅も石破も岸田も、野党では小沢一郎も反緊縮を理解し、〈藤井君のいう財政政策が必要だ。MMTでいいと思う〉という政治家が増えたという。ではなぜ、それが実行に移されないのか。邪魔しているのは誰なのか。
〈諸悪の根源は財務省?〉(田原)。〈そうです〉(藤井)。
〈財務省問題が、じつは日本という国の宿痾となってしまっています〉。さらにここに主流派経済学者や朝日新聞などのマスメディアが乗っかる。彼ら財政再建論者は〈「破綻する。破綻する」と叫んで財政を緊縮させ、景気をますます悪化させ、その結果、税収が減って財政を悪化させてしまっている〉。
 財務省がどれほど財政再建論に固執しているかは、矢野康治財務次官が「文藝春秋」21年11月号に寄せた論考(「財務次官、モノ申す「このままでは国家財政は破綻する」」)からも明らかだろう。〈バラマキ合戦は、これまで往々にして選挙のたびに繰り広げられてきました〉と矢野は苦言を呈し、いまの日本をタイタニック号にたとえる。〈氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです〉。

バラマキは「悪」なのか
 しかし、はたして「バラマキ」は悪なのだろうか。
 井上智洋『「現金給付」の経済学』は、反緊縮の立場から、コロナ不況下では現金給付がぜひとも必要なこと、ひいては平時においても貧困問題の解決にはベーシックインカム(BI)が最善の策であることを理詰めで説いた本。〈国民に対して膨大なお金をバラまいて、需要を喚起し、緩やかなインフレ好況状態をつくり出し、それを持続させる必要がある〉というのが彼の主張だ。
 その意味でも2020年、(野党と市民の声に押されて)全国民に一律10万円の定額給付金が支払われたのは、一回限りのBIとして意味のあることだったと井上はいう。だが、額も回数も十分ではなかった(アメリカのバイデン政権は、すでに三回にわたる一人当たり7~15万円の給付金を決定している)。
 一律給付金については、困っている人だけを支援すればよいのであって、富裕層にまで給付する必要はない、という批判がついてまわる。だが「困っている人」と「いない人」の線引きは難しい。仮に100万円の所得制限を設けた場合、所得が100万1円の人は除外される。その人は「困っていない」のだろうか。
〈困っている人だけを支援するというのは、「自助」や「共助」ではどうにもならない人だけを「公助」という形で、政府は手を差し伸べればいいと言っているに等しい〉。
 衆院選後に岸田政権が掲げた「一八歳以下に10万円給付」についても同じことがいえる。どう制度設計をしても「選択的給付」ではこぼれる人が出てくるのだ。その点、BIは普遍主義的で、すべての人を余すことなく救済できる。富裕層には累進課税を強化するなど後の増税によって取り戻せばよい。BIの導入で〈貧困を完全に消滅させ〉ることが可能だという。傾聴に値する意見である。
「財源は?」という問いには「だから国債だよ」と答えればすむが、まだ疑う向きには、朴勝俊+シェイブテイル『バランスシートでゼロから分かる 財政破綻論の誤り』をすすめたい。
〈過去30年にわたって続いた日本の経済停滞も、公衆衛生や社会保障の危機も、根本的な原因は、この財政緊縮主義です〉という認識の下、歴史的経緯に遡り、バランスシート(貸借対照表)を読み解き、著名な学者らの言説を批判的に検討することで、この本は緊縮財政や財政再建論の欺瞞を暴き出す。「財政は危機」「国債は借金」という思い込みゆえに〈政府の危機対策はきわめてケチでノロマなものになっています〉という指摘は至言だろう。
 私が積極財政論にシンパシーを抱くのは、緊縮財政によって生活を破壊され、人生を奪われたのは誰なのか、という問いとそれがセットになっているからだ。コロナ禍との関連でいえば、緊縮財政によって公立病院や保健所や医師の数が減らされ、医療崩壊に至ったという事実を思い出すだけで十分だろう。
 現在の対立軸はイデオロギーによる「右派VS左派」ではなく、生活に密着した「緊縮派VS反緊縮派」だと藤井聡や井上智洋は述べている。衆院選で国民民主とれいわが票を伸ばしたのは、二党が結党時から反緊縮だったことも関係していたかもしれない。その点、自民と立憲の脱緊縮は付け焼き刃で信用されず、逆に維新は唯一「改革」を叫んで差別化(大阪での)に成功した? とはいえ維新流の新自由主義はすでに「平成の遺物」である。積極財政論を学ぼう。財政再建の呪縛が解ければ「ケチでノロマ」な政府に私たちはより広範な要求を突きつけることができる。財政が赤字だという偽の理由で市民が我慢を強いられる必要はどこにもないのだ。

【この記事で紹介された本】

『こうすれば絶対よくなる! 日本経済』
田原総一朗+藤井聡、アスコム、2021年、1540円(税込)

〈消費税をゼロにせよ! コロナ全額補償せよ! それでも日本は破綻などしない!〉(カバーより)。このほか企業に対する「粗利補償」と災害対策に財政を振り向ける「国土強靭化計画」も提言。財政規律重視派だった田原に、反緊縮の論客・藤井が財政規律論のウソ、家計と国家財政のちがい、日本の遅れた現状などをレクチャー。ざっくばらんな対談なので読みやすく、入門書として好適。

『「現金給付」の経済学――反緊縮で日本はよみがえる』
井上智洋、NHK出版新書、2021年、968円(税込)

〈コロナ不況からAI時代の貧困・格差、雇用大崩壊まで――「バラマキ」こそが、最適解だ!〉(帯より)。21年5月刊。「経済か命か」という問いやGoToキャンペーンの功罪など、コロナ不況下での経済政策の検証を糸口に、ベーシックインカムという一律現金給付(バラマキ)こそが経済を活性化させ、貧困を解消する唯一の策だと説く。財政赤字論への言及もあって刺激的。

『バランスシートでゼロから分かる 財政破綻論の誤り』
朴勝俊+シェイブテイル、青灯社、2020年、1760円(税込)

〈MMTを援用、財政規律派を論破/コロナ補償は大胆な増額が可能だ〉(帯より)。20年6月刊。「なぜ財政破綻論は信じられやすいのか」を皮切りに、バランスシート(貸借対照表)を用いた貨幣と財政の本質(少し難しい)から、財政破綻論の類型(おもしろい)、デフレ脱却と未来のための財政支出のあり方(わかりやすい)まで幅広く講説。「もう少し詳しく知りたい人」向け。

PR誌ちくま2021年12月号

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