加納 Aマッソ

第49回 スケボー

 そりゃおめぇ、こっちに来た頃は正直おったまげたね。バイト先にいた若ぇのが派手なスケボーの板おっかついで出勤してきたんだ。ろくに挨拶もしねぇで、眠てぇ面ぶら下げたままでよ。「これが東京か」ってぇバカみてぇに思ったもんだ。ニヤニヤしながら「ほな、ゴミほかしてきてくれまっか?」って言いやがったのは今でも忘れらんねぇな。
 しかしなんでい、こちとらいつまでも口おっ開いて驚いてるだけの田舎者じゃあねえ。もう何年住んでると思ってやがんだって話で、今やもうすっかり骨の髄まで馴染んでるの馴染んでないのって。可愛がってる後輩が「加納さん今度の休みにスケボーしませんか?」ってぇ誘ってきやがってよ、「てやんでい、そんなあぶねぇ乗り物乗れるかってんだ」って断ったんじゃあ情けねえ、「ほんま」も「やで」も捨ててやった身軽な体をちっせえ板に乗せるなんてこたぁわけねえ、二つ返事であたぼうに「あたぼうよ」と返事したってこった、あたぼうでぼうぼうよ。
 そういうこってよ、(どういうこって?)、話の腰を折るんじゃあねえよ丸カッコの丸太んぼう!
 「ふたこひんち」か「ふたこしんち」か知らねぇけどとにかく二子新地で待ち合わせて河川敷に向かったはいいけどよ、こっち何も言ってねぇうちから「スノボーできるからってスケボーできると思わないでくださいね」なんてふてえ事言いやがるからよ、「なんだとこの唐変木」って啖呵切ってやった。「どれだけコナンのスケボーシーン観てると思ってんだバーロー、このすっとこどっこい」「そういう人が一番ケガします」「なんだてめぇ」「まずは基礎練からです」「やってやろうじゃねぇか」「やってください」
 避けられねぇこたぁねぇけどよ、裏を返さねぇのは江戸の恥、っつうわけで、すっ転べるだけすっ転んで板裏返してよ、挙句地面に頭ぶつけてむかっ腹、下向いて「せめて豆腐の角にしやがれ」って言っても聞きやしねえ。座り込んだ体の横を知らねぇスケボー上級父娘がスイスイと通りすぎていきやがる。娘のほうはまだ十(とお)にも満たねぇガキと見えて、「末はオリンピック選手ってぇか、そりゃめでてぇこった!」と唾吐いてやったが振り向きもしねぇ。あんな小童にできて大人ができねぇはずはねぇとまた板乗ってはすっ転んでは板裏返す。
 しばらくして「こいつぁちょっとコツをつかんできたな」ってときに後輩が「加納さんって、あれですよね」とニヤついてやがるから、いつぞやのバイトの輩を思い出して「なんでい! 言いてえことあんならスッと言いやがれべらぼうめ!」と言やあ、「なんか、そんなガチで練習するんだと思って笑」と返してきやがった。このたわけ! 呆助! するてぇっとなんでい、田舎者はバカみてぇに努力が好きだってこう言いてぇのか? え? 元はといやあ、おめぇが誘ってきたんじゃねえのかこの表六玉! 昼行灯! それ以上笑いやがったらやっちまうからな!
 襟首つかんではっ倒してやろうかと思ったときによ、さっきの父娘が引き返してきたんで、目が合った勢いで「てやんでいてやんでい! ちったぁうまい乗り方教えてくれてもいいじゃねえか!」と声をかけたらよ、おとっつぁんのほうが「重心の掛け方がポイントでねー」と気前よく指導してくれて拍子抜け。そっから30分近くも見ず知らずの手前に手取り足取り教えてくれやがった。
 ま、だからあーだこーだ言わしてもらったが結局は人情の町だって、それだけのこった。なんだまだ読んでやがったのか、さっさと帰りやがれべらぼうめ!

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