世の中ラボ

【第145回】
『愛の不時着』だけではない、韓国ドラマのいま

ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2022年6月号より転載。

 韓国ドラマに夢中な人が多いことは知っていた。それが特に加速したのは2020年の春だろう。緊急事態宣言下でステイホームを強いられたことで、Netflixなどが配信する韓国ドラマにハマる人が続出。ことに20年2月から日本での配信がはじまった『愛の不時着』は空前のヒット作として話題になった。
 それでも私は敬遠していた。韓国ドラマはとにかく長い。一話70〜80分、時には100分を平気で超す上、16話とか24話で完結する。CMを除くと一話五十数分、長くても10話で終わる日本のドラマとは長さも密度も違うのだ。そんなものを見はじめたら、仕事にも日常生活にも支障をきたすに決まってる!
 だったのだが、この春、2年遅れで禁を解いた。図らずも足をケガして、しばらく入院するハメになったためである。それで激ハマリしたかといえば、じつはそうでもない。とはいえ、いろいろと発見はあり、学んだことも多かった。ということで今回は、関係書籍をもとに韓国ドラマの世界をのぞき見してみた。

制作現場を支える巨大エンタメ企業
 まず話題の『愛の不時着』について。このドラマが興味深いのはフェミニストをも魅了するラブストーリーだったらしいことである。フェミニズム系の雑誌『エトセトラVOL5』が「私たちは韓国ドラマで強くなれる」という特集を組んだり(21年5月)、治部れんげ『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書・21年6月)が『愛の不時着』を高く評価していたりするのがひとつの証拠。私の周囲にも同様の女性は何人もいた。
 で、私の初見の感想は「日本のフェミニストって案外チョロいなあ」だった。いや、冗談です。冗談ですけど、見た人の中には同意してくれる人もいるんじゃないだろうか。
 だってさ、パラグライダーのテスト飛行中に北朝鮮側に不時着した韓国のセレブ女性(ユン・セリ)と、北朝鮮の将校(リ・ジョンヒョク)が恋に落ちるのは、まあいいですよ。彼女が美人だけど女らしくないのに加え、彼も軍人らしからぬ謙虚な人物で、その性別役割逆転感や対等感が受けたんだなというのも理解できる。
 でもさ、軍の特殊部隊の隊長が、料理上手で家事も得意って、都合よすぎない? しかも彼は軍人になる前は天才的なピアニストでスイスに留学していたという芸術家肌だし、父は軍の高官だし。要は出自も容姿も性格も申し分のない王子様。そういう人が命懸けで彼女を守ってくれる? 完全なおとぎ話でしょ。
 とは思ったのだが、物語は波乱に富み、登場人物は多彩、アクションも満載。韓国製のラブコメらしく、元婚約者が横やりを入れるなど恋模様もカラフル。よくできた娯楽作品なのは間違いない。つけ加えれば韓国ドラマは多様な女性像を描いており、不快なジェンダーバイアスをあまり感じさせない点でも、日本のドラマのはるかに先を行っているという印象が強い。
 にしても韓国ドラマはいつからこれほどパワフルになったのか。菅野朋子『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』は、K-POPなども含め、これをビジネスの面から俯瞰した本である。
 90年代、韓国の若者たちにとっての最先端は日本のエンタメだった(日本の大衆文化は表向き禁止されていたにもかかわらず)。それがこの20年ほどで劇的に変わった。
 韓国エンタメが躍進したキッカケのひとつは2003〜4年、日本で『冬のソナタ』が成功したことだという。文化の先進国たる日本で受け入れられるなら、他のアジアも攻略できるはずだ……。
 事実、ペ・ヨンジュン人気からはじまった日本の『冬ソナ』ブームは他のドラマや映画にも広がり、BoAや東方神起らK-POPスターたちも含めて「第一次韓流ブーム」と呼ばれた。
 このブームは韓国の制作環境を劇的に変えた。韓国ドラマの日本への輸出は六倍に上がり、制作に投資する日本企業も増加。出演者のギャランティーが上がってテレビ局の専属だった俳優は続々と独立。資金が調達できるようになった制作現場でも優秀なプロデューサーはテレビ局を辞め、自身の制作会社を立ち上げた。
 2010年代になると、エンタメを牽引する企業が生まれる。財閥系の「CJ ENM」はその代表格で、『愛の不時着』ほかヒット作を続々と制作しているスタジオドラゴンもCJグループ傘下。CJ ENMはドラマ事業部を独立させ、他のドラマ制作会社を次々に買収。社内にはヘッドハンティングしてきた演出家、脚本家、プロデューサーなど二百数十名が在籍しているという。
 巨大エンタメ企業躍進の背景には、09年以降に開設された、国内に約90社もあるケーブルテレビ局と、Netflixなどインターネット上での動画配信サービスの普及がある。産業構造の変化により〈テレビ局の放映に頼ることなく、個々人が世界のエンタメコンテンツに、簡単にアクセスできるようになった。言い換えれば、制作会社にとっては、世界中の視聴者が相手となった〉のだ。
 外形的な変化に加え、クオリティを高める工夫も怠りない。あるドラマ制作関係者は、質の高さを保つ要素として〈高いクオリティの作品が書ける脚本家と、その脚本をグローバルな水準にまで引き上げられる演出家。そして彼らの存在を支持する辛口の視聴者の存在〉をあげている。韓国のドラマの公式HPには、視聴者が書き込める掲示板が必ずあり、制作者側は常にそこでの反応を参考にし、作品に反映させる挑戦をしてきたのだという。
 さらに付け加えれば、韓国政府は、金大中大統領の時代から、一貫して文化輸出に手厚い支援を行ってきた。ドラマについては10年頃から本格的な支援がはじまっている。
 金の力がすべてではないにせよ、文化の振興に資金力は欠かせない。こうしてみると韓国エンタメは、きわめて意識的かつハイスピードで、世界マーケットを視野に入れた戦略を練ってきたのだ。テレビ局主導で縛りの多い日本のドラマとの、なんという差。

社会の変化と物語がリンクする
 韓国ドラマとジェンダーの関係に話を戻そう。
 伊東順子『韓国カルチャー』は、韓国の映画・ドラマ・小説などを通して「隣人の素顔と現在」(これが副題)に迫った本である。
 韓国で「#Me Too」運動が盛り上がったのは18年だが、それ以前から韓国ドラマの制作現場では女性が活躍しており、〈韓国ドラマは一貫して「女性の味方」だった〉と伊東はいう。
 社会の変化に目を向けると、メルクマールは05年の「戸主制廃止」の決定だった。植民地時代の日本が押しつけた「戸籍」が廃止され、個人登録制に切り替わったのだ。〈当時の韓国社会の熱気はすごかった〉と伊東はいう。〈テレビは朝夜ともに未婚の母をテーマにした連続ドラマを放映し、(略)それら戸主制をターゲットにしたドラマは大ヒットしたばかりでなく、数々のテレビ大賞を総なめにした〉。またこの少し前には〈韓国ではテレビ部門に「男女平等賞(のちに両性平等賞)」がもうけられ、男女平等を意識した番組が精力的に作られてきた〉のだという。
 もうひとつ、伊東は、2010年代、地方自治体ごとに制定された「学生人権条例」にもふれている。生徒への体罰の禁止、服装や頭髪の自由、持ち物検査の禁止のほか、校内集会の許容なども盛り込まれた条例は、いわば学校の民主化である。〈「茶髪もミニスカートもOK」という自由を中学生で経験した子たちが、今ちょうど大学生〉の国と、いまだに中高生を校則でがんじがらめに縛る国とでは、視聴者や制作される作品にもそりゃ差が出よう。
 渥美志保『大人もハマる!韓国ドラマ 推しの50本』は、『愛の不時着』について、最初にハマったのは働く女性たちで、〈彼女たちはフェミニズムの文脈で、とくにヒョンビン演じる主人公リ・ジョンヒョクに魅了された〉ことを認めた上で、〈それは、日本ではドラマですらなかなかお目にかかれない「理想の男性像」だった〉からだとも述べている。つまり〈日本以上にフェミニズムの意識が進んだここ数年の韓国において、実のところ、リ・ジョンヒョクは特別なキャラクターではないのだ〉と。
「韓国ドラマってどうせイケメンとの恋愛ものだよね」というのは『冬のソナタ』と『愛の不時着』しか知らない人がいう台詞。韓国ドラマが流行を追うスピードはとてつもなく速く、ドラマのジャンルは驚くほど広い。日本でもリメイクが決定している『梨泰院クラス』は外食産業界を舞台にした希代の復讐劇だし、ここ10年の最高傑作という呼び声の高い『賢い医師生活』は五人の医師を主人公にしたヒューマニスティックな医療ドラマだ。
 韓国が民主化されたのは1987年。先進国入りを目指してそれからひた走ってきた韓国は、97年のアジア通貨危機も乗り越え、18年にはGDPが、19年には平均賃金が日本を抜いた。21年のジェンダーギャップ指数は日本が120位、韓国は102位。韓国が日本を抜いたのは19年で、この年は日本が121位、韓国は108位だった。ともに低水準とはいえ、この逆転劇は注目に値するし、今後さらに水をあけられる可能性が高い。
 もちろん韓国にも固有の問題は山積みで、すべてが素晴らしいわけではない。ただ、日本が不毛な「嫌韓論」にかまけている間に当の韓国は急成長し、エンタメ部門でも日本の何歩も先を行く存在になっていたことは銘記したい。ドラマはそのもっともわかりやすい例。〈韓国の場合は、ドラマや映画に限らず多くの作家やアーティストが「社会的ミッション」に自覚的であり、それが作品に具体的な形で反映されることが多い〉(『韓国カルチャー』)とすれば、なおさらだ。人々が「ハマる」のには理由があるし、優れたドラマは社会の変化と連動してはじめて生まれるってことである。

【この記事で紹介された本】

『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』
菅野朋子、文春新書、2022年、1045円(税込)

 

〈アイドル選抜システム/SNSマーケティング/スタジオドラゴンの独自戦略/日本が追い抜かれた理由〉(帯より)。ボーイズグループBTSの世界的な成功、『イカゲーム』や『愛の不時着』の世界的ヒットなど、躍進著しい韓国エンタメ産業の舞台裏をつぶさに紹介。韓流スターの性接待、オーディション番組での不正、相次ぐスターの自死など、負の側面への言及もあって興味津々。

『韓国カルチャー――隣人の素顔と現在』
伊東順子、集英社新書、2022年、946円(税込)

 

〈アイドル選抜システム/SNSマーケティング/スタジオドラゴンの独自戦略/日本が追い抜かれた理由〉(帯より)。ボーイズグループBTSの世界的な成功、『イカゲーム』や『愛の不時着』の世界的ヒットなど、躍進著しい韓国エンタメ産業の舞台裏をつぶさに紹介。韓流スターの性接待、オーディション番組での不正、相次ぐスターの自死など、負の側面への言及もあって興味津々。

『大人もハマる!韓国ドラマ推しの50本』
渥美志保、大月書店、2021年、1760円(税込)

 

〈恋愛・イケメンだけじゃない!/果てしなく広く深い〝沼〟の楽しみ方〉(帯より)。「韓国ドラマは、いろんな部分で日本のドラマと正反対」と著者はいう。韓ドラの真髄ともいえる時代劇、古い常識に抵抗する新時代のヒーロードラマ、女性の強さも弱さも肯定するフェミニズム系ドラマなど、厳選された10ジャンル50作品を紹介したガイド本だが、作品ごとの解説も的を射ていて痛快。

PR誌ちくま2022年6月号

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