加納 Aマッソ

第55回「いつか時間があるときに観よう」

 今のところ、体に特別な変化はない。ソファーで横になり、意識を全身に集中させ、なにか信号はきていないかと確かめる。

 遡ること二時間前、私は悟った。いや、ようやく結論に辿りついたと言ってもいいかもしれない。そうそれは、「時間は本当に有限である」ということだ。なにひとつ終わらないタスクを前に、私は確信をもって、溺れるような焦燥から脱却した解放感をもって、時間の有限性を自覚した。「とはいえ気合があれば全部いけるっしょ」は空の彼方に吹き飛び、両頬を強く叩かれたように目が覚めた。時間は、人生は、まじで本当にめっちゃ有限である。
 そして一時間前、私はついにアニメ「銀河鉄道999」のラストを知った。知って「しまった」のはない。知ったのだ。みずから望んで検索エンジンのバーに「銀河鉄道999 ラスト ネタバレ」と入れたのだ。脳の片隅で、「禁忌」という声が聞こえたような気がした。でも止められなかった。やるべき作業が白い目でこっちを見ている。

 以前ここで、「ラストを知りたくて見ているわけではない」「単に登場人物の台詞まわしを楽しんでいるのさ」といった呑気なことを書いたが、状況は変わった。「いつか時間があるときに観よう」と思っていた残り60話。いつか時間ができたら。その時は本当にそう思っていた。けれど今は、そんなものは永遠にないことを知っている。もし万が一時間ができたとしても、『ストレンジャー・シングス』の続きを先に観ないといけない。最近おすすめされた「なんちゃら」という映画も「なんとかかんとか」っていう漫画も観ないといけない。そうこうしているうちに、夜汽車のこともきっと忘れている。

 私にとっては、数年寝かせたラストシーンだ。やけくそになっているとはいえ、さすがに緊張した。右手の人差し指で、ネタバレサイトの記事をスクロールしていく。ああ、なるほど。なるほどなるほど。おお。こういう感じか。へえ。ラストシーンが、体に染み渡っていく。
 なにも起こらないはずはない。名作のラストを知る前と知った後で同じ体なわけがない。こういうものは時間がかかるのだ。体になにか異変があったときのために、私はこうしてソファーの上で携帯を握りしめている。すぐに連絡する人を2〜3人思い浮かべる。

 と、鼻の下あたりが少し痒くなった。これか? これがラストシーンを摂取した後の副反応? しばらく患部には触れずに様子を見ていたが、痒みのレベルが一定で変わらなかったので、これはちがうかと、鼻を掻く。ふいに肩に凝りを感じて首をまわすと、ポキポキッと音がした。ん? 逆回りでも回してみる。ポキポキポキッ。あれ? 前からこんな音鳴ってたっけ? 疲れてるだけかな? すると今度は、体からなにやら聞こえてくる。腕を曲げるたび、まばたきをするたび、カシャン、カシャンと金属がぶつかるような音がする。きた。これだ。なかなか強烈な副反応だ。くしゃみをすると、口からネジが4つも飛び出してきた。すごい。まるで自分の体じゃないみたいだ。うはっはっは。笑うと口角もカシャンと鳴った。なんだこれは、まるで、まるで機械の体みたいだ! そうは思わない? なあメーテル! メーテル! メーテルはどこ!?

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